・・・武田信玄が万軍を動かした音吐の見事さは歴史にも語られているが、現代の将軍にその必要もないと見えて議席のあちこちから盛んに、もっと大きい声で願いまアす、聴えませんという声がかかる。聴えないぞ、といういいかたのはないところに、今日の時代の何もの・・・ 宮本百合子 「待呆け議会風景」
・・・児髷の子供も、何か分からないなりに、その爽快な音吐に耳を傾けるのである。 胡麻塩頭を五分刈にして、金縁の目金を掛けている理科の教授石栗博士が重くろしい語調で喙を容れた。「一体君は本当の江戸子かい。」「知れた事さ。江戸子のちゃきち・・・ 森鴎外 「里芋の芽と不動の目」
・・・忠臣孝子義士節婦の笑う可く泣く可く驚く可く歎ず可き物語が、朗々たる音吐を以て演出せられて、処女のように純潔無垢な将軍の空想を刺戟して、将軍に睡壺を撃砕する底の感激を起さしめたのである。畑はこの時から浪花節の愛好者となり浪花節語りの保護者とな・・・ 森鴎外 「余興」
出典:青空文庫