・・・ここは一番音羽屋で行きたいね。お蓮さんとは――」「おい、おい、牝を取り合うとどうするんだ? その方をまず伺いたいね。」 迷惑らしい顔をした牧野は、やっともう一度膃肭獣の話へ、危険な話題を一転させた。が、その結果は必ずしも、彼が希望し・・・ 芥川竜之介 「奇怪な再会」
・・・物数寄な家族のもののあつまりのことで、花の風情を人の姿に見立て、あるものには大音羽屋、あるものには橘屋、あるものには勉強家などの名がついたというのも、見るからにみずみずしい生気を呼吸する草の一もとを頼もうとするからの戯れであった。時には、大・・・ 島崎藤村 「秋草」
・・・蓄音機今音羽屋の弁天小僧にして向いの壮士腕をまくって耶蘇教を攻撃するあり。曲書きのおじさん大黒天の耳を書く所。砂書きの御婆さん「へー有難う、もうソチラの方は御済になりましたかなー、もうありませんかなー。」へー有難うこれから当世白狐伝を御覧に・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・その頃にはまだ髷に結っている人も大分残ってはいたが、しかし大方は四十を越した老人ばかりなので、あの般若の留さんは音羽屋のやった六三や佐七のようなイキなイナセな昔の職人の最後の面影をば、私の眼に残してくれた忘れられない恩人である。 昔は水・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・物干には音羽屋格子や水玉や麻の葉つなぎなど、昔からなる流行の浴衣が新形と相交って幾枚となく川風に飜っている。其処から窓の方へ下る踏板の上には花の萎れた朝顔や石菖やその他の植木鉢が、硝子の金魚鉢と共に置かれてある。八畳ほどの座敷はすっかり渋紙・・・ 永井荷風 「夏の町」
出典:青空文庫