・・・一々に書き取り申し候 必ず必ず未練のことあるべからず候 母が身ももはやながくはあるまじく今日明日を定め難き命に候えば今申すことをば今生の遺言とも心得て深く心にきざみ置かれたく候そなたが父は順逆の道を誤りたまいて前原が一味に加わり・・・ 国木田独歩 「遺言」
・・・この日本の国体の順逆を犯した不祥の事変は日蓮の生まれるすぐ前の年のできごとであった。陪臣の身をもって、北条義時は朝廷を攻め、後鳥羽、土御門、順徳三上皇を僻陲の島々に遠流し奉ったのであった。そして誠忠奉公の公卿たちは鎌倉で審議するという名目の・・・ 倉田百三 「学生と先哲」
・・・何故螺線的運動をするかというに、世界は元来、なんでも力の順逆で成立ッているのだから、東へ向いて進む力と、西に向て進む力、又は上向と下向、というようにいつでも二力の衝突があるが、その二力の衝突調和という事は是非直線的では出来ないものに極ッてる・・・ 幸田露伴 「ねじくり博士」
・・・そして猫にも免れ難い運命の順逆がいつでも問題になった。このあいだ近所の泥溝に死んでいた哀れなのら猫の子も引き合いに出て、同じ運命から拾い上げられて三毛に養われ豊かな家にもらわれて行ったあのちびがいちばんの幸運だというものもあれば、御隠居さん・・・ 寺田寅彦 「子猫」
出典:青空文庫