・・・私は熱のため、頭痛がするのを床の上に起き直って、暗紫色にうまそうな水をたゝえた果物を頬につけたり接吻したりしました。 その時、丁度、珍らしくも、皆既食が、はじまったのでした。私は、わい/\人々が、戸外に出て語っているのを夢の中で聞くよう・・・ 小川未明 「果物の幻想」
・・・ ところが、嫁ぎ先の寺田屋へ着いてみると姑のお定はなにか思ってかきゅうに頭痛を触れて、祝言の席へも顔を見せない、お定は寺田屋の後妻で新郎の伊助には継母だ。けれども、よしんば生さぬ仲にせよ、男親がすでに故人である以上、誰よりもまずこの席に・・・ 織田作之助 「螢」
・・・ところが、暫らくすると、彼は頭痛がすると云いだした。「そら見イ、バチじゃ。」おしかは笑った。 だが清三の頭痛は次第にひどくなってきた。熱もあるようだ。おしかは早速、富山の売薬を出してきた。 清三の熱は下らなかった。のみならず、ぐ・・・ 黒島伝治 「老夫婦」
・・・ 二十六日、いかがなしけん頭痛烈しくしていかんともしがたし。 二十七日、同じく頭痛す。 二十八日、少許の金と福島までの馬車券とを得ければ、因循日を費さんよりは苦しくとも出発せんと馬車にて仙台を立ち、日なお暮れざるに福島に着きぬ。・・・ 幸田露伴 「突貫紀行」
・・・女の人は少し頭痛がしたので奥で寝んでいたところ、お長が裏口へ廻って、障子を叩いて起してくれたのだと言う。「もう何ともございません」と伏し目になる。起きて着物をちゃんとして出てきたものらしい。ややあって、「あなたはこの節は少しはおよろ・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・そうして跡にのこるものは、頭痛と発熱と、ああ莫迦なことを言ったという自責。つづいて糞甕に落ちて溺死したいという発作。 私を信じなさい。 私はいまこんな小説を書こうと思っているのである。私というひとりの男がいて、それが或るなんでもない・・・ 太宰治 「玩具」
・・・ポルジイは頭痛に病みながら、これを調べたのであった。 さてこの一切の物を受け取って、前に立っている銀行員を、ポルジイ中尉は批評眼で暫く見て、余り感心しない様子で云った。「君も少し姿勢がどうかならんかねえ。気を附けて見給え。損の行かな・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・同じような起重機の空中舞踊でもいつか見たロシア映画では頭痛とめまいを催すようなものになっていたようである。 ルネ・クレールでもデュヴィヴィエでも配役の選択が上手である。いくらはやりっ子のプレジアンでも、相手がいつも同じ相手役では、結局同・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・が、困った事には父上の外は揃いも揃うた船嫌いで海を見るともう頭痛がすると云う塩梅で。何も急く旅でもなしいっそ人力で五十三次も面白かろうと、トウトウそれと極ってからかれこれ一月の果を車の上、両親の膝の上にかわるがわる載せられて面白いやら可笑し・・・ 寺田寅彦 「車」
・・・ これといくらか似たことは自分自身や身近いものの些細な不幸が日本全体の不幸のように思われ、自分の頭痛で地球が割れはしまいかと思うことである。たとえばまた自分の専攻のテーマに関する瑣末な発見が学界を震駭させる大業績に思われたりする。しかし・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
出典:青空文庫