・・・ この南東を海に面して定期船の寄港地となっている村の風物雰囲気は、最近壺井栄氏の「暦」「風車」などにさながらにかかれているところであるが、瀬戸内海のうちの同じ島でも、私の村はそのうちの更に内海と称せられる湖水のような湾のなかにあるので、・・・ 黒島伝治 「短命長命」
・・・を読み終って、これが、新聞への通信ということに制約されたにもよるのだろうが、戦闘ばかりでなく、戦闘から戦闘への間の無為にすごすその間のこと、陸上との関係、占領した旅順や大連の風物、偵察等を書きながら、しかも、単純で、喰い足りない印象を受ける・・・ 黒島伝治 「明治の戦争文学」
・・・ 故郷に着いて、ほとんど十年ぶりで田舎の風物を見て、私は、歩きながら、泣くかも知れない。気を取り直して、家へはいる。トランクひとつさげていない自身の姿を、やりきれなく思う。家の中は、小暗く、しんとしている。あによめが、いちばんさきに私の・・・ 太宰治 「花燭」
・・・十年振りで帰っても、私は、ふるさとの風物をちらと見ただけであった。ふたたびゆっくり、見る折があろうか。母に、もしもの事があった時、私は、ふたたび故郷を見るだろうが、それはまた、つらい話だ。 その旅行の二箇月ほど後に、私は偶然、北さんと街・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・それこそ胸をおどらせて十年振りの故郷の風物を眺めたものだが。「あれは、岩木山だ。富士山に似ているっていうので、津軽富士。」私は苦笑しながら説明していた。なんの情熱も無い。「こっちの低い山脈は、ぼんじゅ山脈というのだ。あれが馬禿山だ。」実・・・ 太宰治 「故郷」
・・・っているかと思うと、きょうは端午だ、やみまつり、などと私にはよく意味のわからぬようなことまでぶつぶつ呟いていたりする有様で、その日も、私が上野公園のれいの甘酒屋で、はらみ猫、葉桜、花吹雪、毛虫、そんな風物のかもし出す晩春のぬくぬくした爛熟の・・・ 太宰治 「ダス・ゲマイネ」
一「バード南極探険」は近ごろ見た映画の内でおもしろいものの一つであった。これまでにも他の探険隊のとった写真やその記事などをいろいろ見てかなりまでは極地の風物の概念を得たつもりでいたのだが、しかし活動映画・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(1[#「1」はローマ数字、1-13-21])」
・・・これらの自然の風物には人間の言葉では説明しきれない、そうして映画によってのみ現わしうるある物があるのである。「銀嶺」のごときは元来実写を主題にしたものであろうが、軒のつららのものうい雫に悠久の悲しみを物語らせ、なべの中に溶け行く雪塊に運命の・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・しかし英国へ渡ってからは彼の国の風物がすっかり気に入って喜んでいたようであった。それが後年盲腸の手術を受けてからすっかり能くなった。晩年には始終神経衰弱の気味があったが、これはおそらく極度の勤勉の結果であろうと想像された。 米国から講演・・・ 寺田寅彦 「工学博士末広恭二君」
・・・このへんの風物に比べると日本のはただ灰色ややに色ばかりであるような気がした。 バーゼルからいよいよドイツへはいるのである。やっと目ざす国の国境をはいった心持ちには、長い旅から故郷に帰った時のそれに似たものがあった。フォスゲンやシュワルツ・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
出典:青空文庫