・・・まず平々凡々たることは半三郎の風采の通りである。もう一つ次手につけ加えれば、半三郎の家庭生活の通りである。 半三郎は二年前にある令嬢と結婚した。令嬢の名前は常子である。これも生憎恋愛結婚ではない。ある親戚の老人夫婦に仲人を頼んだ媒妁結婚・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・ 九、容貌風采共卑しからざる事。 十、精進の志に乏しからざる事。大作をやる気になったり、読み切りそうもない本を買ったりする如き。 十一、妄に遊蕩せざる事。 十二、視力の好き事。一しょに往来を歩いていると、遠い所の物は代りに見・・・ 芥川竜之介 「彼の長所十八」
・・・ 燈火に対して、瞳清しゅう、鼻筋がすっと通り、口許の緊った、痩せぎすな、眉のきりりとした風采に、しどけない態度も目に立たず、繕わぬのが美しい。「これは憚り、お使い柄恐入ります。」 と主人は此方に手を伸ばすと、見得もなく、婦人は胸・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ けれども、その男を、年配、風采、あの三人の中の木戸番の一人だの、興行ぬしだの、手品師だの、祈祷者、山伏だの、……何を間違えた処で、慌てて魔法つかいだの、占術家だの、また強盗、あるいは殺人犯で、革鞄の中へ輪切にした女を油紙に包んで詰込ん・・・ 泉鏡花 「革鞄の怪」
・・・こう考えてくるとお繁さんの活々とした風采が明かに眼に浮ぶ。 土地の名物白絣の上布に、お母さんのお古だという藍鼠の緞子の帯は大へん似合っていた。西日をよけた番神堂の裏に丁度腰掛茶屋に外の人も居ず、三人は緩り腰を掛けて海を眺めた。風が変って・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・尤もこういう風采の男だとは多少噂を聞いていたが、会わない以前は通人気取りの扇をパチつかせながらヘタヤタラとシャレをいう気障な男だろうと思っていた。ところが或る朝、突然刺を通じたので会って見ると、斜子の黒の紋付きに白ッぽい一楽のゾロリとした背・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・左に右く多くの二葉亭を知る人が会わない先きに風采閑雅な才子風の小説家型であると想像していたと反して、私は初めから爾うは思っていなかった。 秋の末に帰京すると、留守中の来訪者の名刺の中に意外にも長谷川辰之助の名を発見してあたかも酸を懐うて・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・交潤社は四条通と木屋町通の角にある地下室の酒場で、撮影所の連中や贅沢な学生達が行く、京都ではまず高級な酒場だったし、しかも一代はそこのナンバーワンだったから、寺田のような風采の上らぬ律義者の中学教師が一代を細君にしたと聴いて、驚かぬ者はなか・・・ 織田作之助 「競馬」
・・・主人は小柄な風采の上らぬ人で、板場人や仲居に指図する声もひそびそと小さくて、使っている者を動かすよりもまず自分が先に立って働きたい性分らしく、絶えず不安な眼をしょぼつかせてチョコチョコ動き、律儀な小心者が最近水商売をはじめてうろたえているよ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・その下萌えの片笑靨のわずかに見えたる、情を含む眼のさりとも知らず動きたる、たおやかなる風采のさらに見過ごしがてなる、ああ、辰弥はしばし動き得ず。 折からこれも手拭を提げて、ゆるゆる二階を下り来るは、先ほど見たる布袋のその人、登りかけたる・・・ 川上眉山 「書記官」
出典:青空文庫