・・・それでは旦那様、ちょっと食後の御散歩は、いかがでしょう。」「うむ、」と魚容もいまは鷹揚にうなずき、「案内たのむ。」「それでは、ついていらっしゃい。」とぱっと飛び立つ。 秋風嫋々と翼を撫で、洞庭の烟波眼下にあり、はるかに望めば岳陽・・・ 太宰治 「竹青」
・・・錆びた釘と教会の窓ガラスとが食後のお菓子でした。王子は、見ただけで胸が悪くなり、どれにも手を附けませんでしたが、婆さんと、ラプンツェルは、おいしいおいしいと言って飲み食いしました。いずれも、この家の、とって置きの料理なのでありました。食事が・・・ 太宰治 「ろまん燈籠」
・・・ 宿の主人は禿頭の工合から頬髯まで高橋是清翁によく似ている。食後に話しに来て色々面白いことを聞かされた。残雪がまだ消えやらず化粧柳の若芽が真紅に萌え立つ頃には宿の庭先に兎が子供を連れて遊びに来たり、山鳥が餌をあさり歩くことも珍しくないそ・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・…… 日暮れにツウム・ワイセン・ヒルシュという宿屋についた。食後にみんなが学生の唱歌を歌った。アフリカに行っていたドクトルMはズアヘリ土人の歌というものを歌って聞かせたが、それがどれだけ本当のものに似ているかそれは誰にも分らなかった。日・・・ 寺田寅彦 「異郷」
・・・都合で夕食後にバウムに灯をつけました。きれいでした。室の片側へ机を並べて、皆一同の贈物が陳列してありました。二人の下女もそれぞれ反物をもらって喜んでいました。親子が贈物を取りかわし「ムッター」「ヘレーネ」とお互いに接吻するのはちょっと不思議・・・ 寺田寅彦 「先生への通信」
・・・ それで食後にこの夕刊の記事を読んだ時に、なんとなしに変な気持ちがした。今のついさきに思った事とあまりによく適応したからである。 それにしても、その程度の地震で、そればかりで、あの種類の構造物が崩壊するのは少しおかしいと思ったが、新・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・がどうも分らないが、しかしその前々夜であったかやはり食後の雑談中女中にある到来ものの珍しい菓子を特に指定して持って来させたことはあったのである。 麻糸の簾がライオンになる件だけは解釈の糸口が見付からない。こんなのをうっかりフロイドにでも・・・ 寺田寅彦 「夢判断」
・・・東京の都人が食後に果物を食うことを覚え初めたのも、銀座の繁華と時を同じくしている。これは洋食の料理から、おのずと日本食の膳にも移って来たものであろう。それ故大正改元のころには、山谷の八百善、吉原の兼子、下谷の伊予紋、星ヶ岡の茶寮などいう会席・・・ 永井荷風 「葛飾土産」
・・・自分はどっちの感じで重吉に対してよいかわからなかった。けれどもどっちかにきめて、これを根本調として会見しなければならないということに気がついた。自分は食後の茶を飲んで楊枝を使いながら、ここへ重吉が来たらどう取り扱ったものだろうと考えた。・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・ 昼過ぎまた縁側へ出た。食後の運動かたがた、五六間の廻り縁を、あるきながら書見するつもりであった。ところが出て見ると粟がもう七分がた尽きている。水も全く濁ってしまった。書物を縁側へ抛り出しておいて、急いで餌と水を易えてやった。 次の・・・ 夏目漱石 「文鳥」
出典:青空文庫