・・・咳が出る、食欲が進まない、熱が高まると言う始末である、しのは力の及ぶ限り、医者にも見せたり、買い薬もしたり、いろいろ養生に手を尽した。しかし少しも効験は見えない。のみならず次第に衰弱する。その上この頃は不如意のため、思うように療治をさせるこ・・・ 芥川竜之介 「おしの」
・・・上使の趣は、「其方儀乱心したとは申しながら、細川越中守手疵養生不相叶致死去候に付、水野監物宅にて切腹被申付者也」と云うのである。 修理は、上使の前で、短刀を法の如くさし出されたが、茫然と手を膝の上に重ねたまま、とろうとする気色もない。そ・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・が、その内に母親は優しく新蔵の顔を覗きこんで、「もう何事も無事に治まったからね、この上はお前もよく養生をして、一日も早く丈夫な体になってくれなけりゃいけませんよ。」と、劬わるように言葉をかけました。すると泰さんもその後から、「安心し給え。君・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・――静にここを引揚げて、早く粟津の湯へ入れ――自分にも二つはあるまい、生命の養生をするが可い。」「餓鬼めが、畜生!」「おっと、どっこい。」「うむ、放せ。」「姐さん、放しておやり。」「危え、旦那さん。」「いや、私はまだ・・・ 泉鏡花 「みさごの鮨」
・・・……養生と言って実家へ帰したら。」姑たちが話すのを、ふいに痛い胸に聞いたのです。画家 それは薄情だ。夫人 薄情ぐらいで済むものですか。――私は口惜さにかぜが抜けて、あらためて夫に言ったんです。「喧嘩をしても実家から財産を持って来ます・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ ガレーヂの二階で寝ていたころとはすっかり養生の状態が変った。お君は自分の命をすりへらしてもと、豹一の看病に夜も寝なかった。自分をつまらぬ者にきめていた豹一は、放浪の半年を振りかえってみて、そんな母親の愛情が身に余りすぎると思われ、・・・ 織田作之助 「雨」
・・・まあ、ゆっくり温泉に浸って、養生しなさい。温泉灸療法でもやることですな」 と、知っていたのか、簡単に皮肉られて、うろたえ、まる三日間二人掛りで看病してやったが、実は到頭中風になってしまっていた婆さんの腰が、立ち直りそうにもなかった。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・あたしは養生して二百歳まで生きる。奇蹟。化石になる頃、皆あたしを忘れる。文章だけに残る。醜い女、二百歳まで生きて、鼻が低かったと。そしてさらに一生冒さず、処女! 殺されればあたしも美人だ。あたかもお化けがみな美人である如く。お岩だっても・・・ 織田作之助 「好奇心」
・・・ 実際、いかに絶大の権力を有し、百万の富を擁して、その衣食住はほとんど完全の域に達している人びとでも、またかの律僧や禅家などのごとく、その養生のためには常人の堪えるあたわざる克己・禁欲・苦行・努力の生活をなす人びとでも、病なくして死ぬの・・・ 幸徳秋水 「死刑の前」
・・・ 実際如何に絶大の権力を有し、巨万の富を擁して、其衣食住は殆ど完全の域に達して居る人々でも、又た彼の律僧や禅家などの如く、其の養生の為めには常人の堪ゆる能わざる克己・禁欲・苦行・努力の生活を為す人々でも、病いなくして死ぬのは極めて尠いの・・・ 幸徳秋水 「死生」
出典:青空文庫