・・・ 虎と蛇とは、一つ餌食を狙って、互に隙でも窺うのか、暫くは睨合いの体でしたが、やがてどちらが先ともなく、一時に杜子春に飛びかかりました。が虎の牙に噛まれるか、蛇の舌に呑まれるか、杜子春の命は瞬く内に、なくなってしまうと思った時、虎と蛇と・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・またほんとうにあなたがたは日本国中至るところに、あなたがたの餌食になった男の屍骸をまき散らしています。わたしはまず何よりも先へ、あなたがたの爪にかからないように、用心しなければなりません。 小野の小町 まあ、何と云う人聞きの悪い、手前勝・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・ 桃太郎はその後犬のほかにも、やはり黍団子の半分を餌食に、猿や雉を家来にした。しかし彼等は残念ながら、あまり仲の好い間がらではない。丈夫な牙を持った犬は意気地のない猿を莫迦にする。黍団子の勘定に素早い猿はもっともらしい雉を莫迦にする。地・・・ 芥川竜之介 「桃太郎」
・・・まず口だけは体の可い事を言うて、その実はお互に餌食を待つのだ。また、この花は、紅玉の蕊から虹に咲いたものだが、散る時は、肉になり、血になり、五色の腸となる。やがて見ろ、脂の乗った鮟鱇のひも、という珍味を、つるりだ。三の烏 いつの事だ、あ・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・一歩踏み出せば、もう、直ぐ敵弾の餌食は覚悟せにゃならん。聨隊長はこの進軍に反対であったんやけど、止むを得ん上官の意志であったんやさかい、まア、半分焼けを起して進んで来たんや。全滅は覚悟であった。目的はピー砲台じゃ、その他の命令は出さんから、・・・ 岩野泡鳴 「戦話」
・・・それを反対にいつかは列強の餌食となって日本全国が焦土となると想像したものは頗る多かった。内地雑居となった暁は向う三軒両隣が尽く欧米人となって土地を奪われ商工業を壟断せられ、総ての日本人は欧米人の被傭者、借地人、借家人、小作人、下男、下女とな・・・ 内田魯庵 「二十五年間の文人の社会的地位の進歩」
・・・ 金さんはそれじゃ船ぐるみ吹き流されるか、それとも沖中で沈んでしまって、今ごろは魚の餌食になっておいでだろうとそう思ってね、私ゃ弔供養をしないばかりでいたんだよ。本当にまあ、それでもよく無事で帰っておいでだったね」 男はこの時気のついた・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・かつての音楽家はつねにマネージャーやレコード会社の社員の言いなりになり、誇張していえば、餌食になっていた。音楽家はそれらの人々の私腹を肥すことに努力することによって、辛うじて演奏にありついて来たのである。 ところが、相手はそんな庄之助を・・・ 織田作之助 「道なき道」
・・・ 彼等をシベリアへよこした者は、彼等が、×××餌食になろうが、狼に食い×××ようが、屁とも思っていやしないのだ。二人や三人が死ぬことは勿論である。二百人死のうが何でもない。兵士の死ぬ事を、チンコロが一匹死んだ程にも考えやしない。代りはい・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・ 乃木大将は誰のために三万人もの兵士たちを弾丸の餌食として殺してしてしまったか? そして、班長のサル又や襦袢の洗濯をさせられたり、銃の使い方や、機関銃や、野砲の撃ち方を習う。毎朝点呼から消燈時間まで、勤務や演習や教練で休むひまがない。物・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
出典:青空文庫