・・・万一この脚の見つかった日には会社も必ず半三郎を馘首してしまうのに違いない。同僚も今後の交際は御免を蒙るのにきまっている。常子も――おお、「弱きものよ汝の名は女なり」! 常子も恐らくはこの例に洩れず、馬の脚などになった男を御亭主に持ってはいな・・・ 芥川竜之介 「馬の脚」
・・・からといって多年辛苦を侶にした社員をスッポかして、タダの奉公人でも追出すような了簡で葉書一枚で解職を通知したぎりで冷ましているというは天下の国士を任ずる沼南にあるまじき不信であるというので、葉書一枚で馘首された社員は皆カンカンになって結束し・・・ 内田魯庵 「三十年前の島田沼南」
・・・ 例えば、背に腹はかえられず、困窮のあまり、つい台帳をごまかしたり、売上金を費消しているのを発見すると、もうそれだけで、十分馘首の口実にも保証金没収の理由にもなるのだった。 こうして、追っ払われた支店長は二三に止まらず、しかも、悪辣・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・工場や、農村に残っている同志や親爺には、工場主の賃銀の値下げがある。馘首がある。地主の小作料の引上げや、立入禁止、又も差押えがある。労働者は、働いても食うことが出来ない。働くにも働く仕事を奪われる。小作人は、折角、耕して作った稲を差押えられ・・・ 黒島伝治 「入営する青年たちは何をなすべきか」
・・・モスクワの病院では、労働法によって妊娠五ヵ月以上の婦人労働者は馘首できません。その看護婦の生理条件に応じて病室から医局勤務など、無理のない部署に配置されて八ヵ月までつとめます。産前二ヵ月、産後二ヵ月、有給休暇をとります。そして居住地域の産院・・・ 宮本百合子 「生きるための協力者」
・・・平気でバサリとやる馘首も、惨澹たる生存威嚇であるという事実にまで思い及んで。―― ところが、四月号の『中央公論』に「極東情勢の新展開と日本」という座談会記事がある。ニューヨーク・タイムズ東京支局長リンゼー・パロット氏、AP東京支局長ラッ・・・ 宮本百合子 「鬼畜の言葉」
・・・あり母であることによって、いよいよ勤労生活に安定が保障されているような社会ならば、したがって、太い潮が細々とした流れを吸いあげてしまうような金づまりだの、手にもっている御飯の茶碗をはたき落されるような馘首がおこる原因も減ることは明白である。・・・ 宮本百合子 「権力の悲劇」
・・・ 政府によって言明された大量馘首政策が比較的ゆるやかなテンポで行われているのも勤労階級の組織力によっておされているからです。最も退嬰的であると考えられていた教員、全逓・官公庁の職員も婦人をこめて今は前線に進んでいます。農民組合は日本全国・・・ 宮本百合子 「国際民婦連へのメッセージ」
・・・ 自殺であるにしろ他殺であるにしろ、下山総裁の死は、国鉄の大馘首と直接関係がある。七日の時事その他は、技術畑出身の地味な性格の下山氏が、その性格をかわれて六月に総裁となり、こんどの十六万人の整理問題について、非常に苦慮していた。「切ない・・・ 宮本百合子 「「推理小説」」
・・・というのだろう。食糧事情は、封建の「家」のふところからさえ、急に過剰人口となったそれらの母子を追いはらおうと欲する。こういう実際だのに、政府が「婦人は家庭へかえれ」と馘首の先頭に婦人をおいていることの不条理は、あらゆる人の心魂に徹している。・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
出典:青空文庫