・・・れ、友を訪れて語るは、この生のよろこび、青春の歌、間抜けの友は調子に乗り、レコオド持ち出し、こは乾杯の歌、勝利の歌、歌え歌わむ、など騒々しきを、夜も更けたり、またの日にこそ、と約した、またの日、ああ、香煙濛々の底、仏間の奥隅、屏風の陰、白き・・・ 太宰治 「喝采」
・・・墓前花堆うして香煙空しく迷う塔婆の影、木の間もる日光をあびて骨あらわなる白張燈籠目に立つなどさま/″\哀れなりける。上野へ入れば往来の人ようやくしげく、ステッキ引きずる書生の群あれば盛装せる御嬢様坊ちゃん方をはじめ、自転車はしらして得意気な・・・ 寺田寅彦 「半日ある記」
・・・若しわが献げられた身を神がよみし給うなら寂漠の瞬間冲る香煙の頂を美しい衛星に飾られた一つの星まで のぼらせ給え。燦らんとした天の耀きはわが 一筋の思 薄き紫の煙を徹してあわれ、わたしの心を盪かせよう ・・・ 宮本百合子 「初夏(一九二二年)」
出典:青空文庫