・・・「なるほど酒は御馳走になる。しかしお肴が饂飩と来ては閉口する。お負にお講釈まで聞せられては溜まらない。」 主人はにやにや笑っている。「一体仏法なぞを攻撃しはじめたのは誰だろう。」「いや。説法さえ廃して貰われれば、僕も謗法はしない・・・ 森鴎外 「独身」
・・・夏の日に私は一度君を尋ねて、ラムネを馳走せられたことがある。 年の暮に鍛冶町の家主が急に家賃を上げたので、私は京町へ引き越した。いとぐるまの音のする家から、太鼓の音のする家に移ったのである。京町は小倉の遊女町の裏通になっていて、絶えず三・・・ 森鴎外 「二人の友」
・・・したがって「善きことをほめるは道理と思ひ、悪しきことをほめるは、我への馳走、時の挨拶と心得る」。しかるに、人によると、悪しきことをもほめる者を軽薄者として怒るのがある。これはばかである。一家中に、主君に直言するごとき家来は、五人か三人くらい・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫