・・・ それは山科の駅路からは、四五町ほど隔たって居りましょう。竹の中に痩せ杉の交った、人気のない所でございます。 死骸は縹の水干に、都風のさび烏帽子をかぶったまま、仰向けに倒れて居りました。何しろ一刀とは申すものの、胸もとの突き傷でございま・・・ 芥川竜之介 「藪の中」
・・・街道の景色、また格別でございまして、今は駅路の鈴の音こそ聞えませぬが、馬、車、処の人々、本願寺詣の行者の類、これに豆腐屋、魚屋、郵便配達などが交って往来引きも切らず、「早稲の香や別け入る右は有磯海」という芭蕉の句も、この辺という名代の荒海、・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・今だに古い駅路のなごりを見せているような坂の上のほうからは、片側に続く家々の前に添うて、細い水の流れが走って来ている。勝手を知った私はある抜け道を取って、ちょうどその村の裏側へ出た。太郎は私のすぐあとから、すこしおくれて姪や末子もついて来た・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・汽車は黒い煙をところどころに残し、旧い駅路の破壊し尽くされた跡のような鉄道の線路に添うて、その町はずれをも離れた。 おげんはがっかりと窓際に腰掛けた。彼女は六十の歳になって浮浪を始めたような自己の姿を胸に描かずにはいられなかった。しかし・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
・・・兎に角、誰も歩く命の駅路を其方も歩いて来たのじゃ。主人。己も若い時はあったに違いないが、その時は譬えば子供のむしった野の花が濁った流の上に落ちて、我知らず流れるように、若い間の月日は過ぎ去って、己はついぞそれを生活だと思った事は無い。そ・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
出典:青空文庫