・・・元来慌てもののせっかちの癖に、かねて心臓が弱くて、ものの一町と駆出すことが出来ない。かつて、彼の叔父に、ある芸人があったが、六十七歳にして、若いものと一所に四国に遊んで、負けない気で、鉄枴ヶ峰へ押昇って、煩って、どっと寝た。 聞いてさえ・・・ 泉鏡花 「開扉一妖帖」
・・・風にもめげずに皆駆出すが、ああいう児だから、一人で、それでも遊戯さな……石盤へこう姉様の顔を描いていると、硝子戸越に……夢にも忘れない……その美しい顔を見せて、外へ出るよう目で教える……一度逢ったばかりだけれども、小児は一目顔を見ると、もう・・・ 泉鏡花 「朱日記」
・・・……そうかと思うと、今になって一目散に駆出すのがある。心は種々な処へ、これから奥は、御堂の背後、世間の裏へ入る場所なれば、何の卑怯な、相合傘に後れは取らぬ、と肩の聳ゆるまで一人で気競うと、雨も霞んで、ヒヤヒヤと頬に触る。一雫も酔覚の水らしく・・・ 泉鏡花 「妖術」
出典:青空文庫