･･･葬儀は遺言だそうで営まなかったが、緑雨の一番古い友達の野崎左文と一番新らしい親友の馬場孤蝶との肝煎で、駒込の菩提所で告別式を行った。緑雨の竹馬の友たる上田博士も緑雨の第一の知己なる坪内博士も参列し、緑雨の最も莫逆を許した幸田露伴が最も悲痛な･･･ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
･･･郷の大学の先生をしていらっしゃるのだそうで、でも、ここのご主人は文学士なのに、笹島先生は医学士で、なんでも中学校時代に同級生だったとか、それから、ここのご主人がいまのこの家をおつくりになる前に奥さまと駒込のアパートにちょっとの間住んでいらし･･･ 太宰治 「饗応夫人」
･･･という綴方は、池袋の叔母さんが、こんど練馬の春日町へお引越しになって、庭も広いし、是非いちど遊びにいらっしゃいと言われて私は、六月の第一日曜に、駒込駅から省線に乗って、池袋駅で東上線に乗り換え、練馬駅で下車しましたが、見渡す限り畑ばかりで、･･･ 太宰治 「千代女」
･･･ 谷中から駒込までぶらぶら歩いて帰る道すがら、八百屋の店先の果物や野菜などの美しい色が今日はいつもよりは特別に眼についた。骨董屋の店先にある陶器の光沢にもつい心を引かれて足をとめた。 とある店の棚の上に支那製らしい壷のようなもの･･･ 寺田寅彦 「ある日の経験」
･･･ 新宿辺で灯がつき始めたが、駒込へ帰るまで空は明るかった。夕空の下に電燈の灯った東京の見馴れた街が、どうしたのかこの時に限って実に世にも美しい、いつもとは別な街のように見えた。 このドライヴの効果は著しかった。その後二、三日は近頃に･･･ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
･･･しかしとにかく一度ゴルフ場へお伴をして見学だけさせてもらおうということになって、今年の六月末のある水曜日の午前に二人で駒込から円タクを拾って赤羽のリンクへ出かけた。空梅雨に代表的な天気で、今にも降り出しそうな空が不得要領に晴れ、太陽が照りつ･･･ 寺田寅彦 「ゴルフ随行記」
･･･表面には「駒込西片町十番地いノ十六 寺田寅彦殿 上根岸八十二 正岡常規」とあり、消印は「武蔵東京下谷 卅三年七月二十四日イ便」となっている。これは、夏目先生が英国へ留学を命ぜられたために熊本を引上げて上京し、奥さんのおさとの中根氏の寓居にひ･･･ 寺田寅彦 「子規自筆の根岸地図」
･･･ 夕方に駒込の通りへ出て見ると、避難者の群が陸続と滝野川の方へ流れて行く。表通りの店屋などでも荷物を纏めて立退用意をしている。帰ってみると、近所でも家を引払ったのがあるという。上野方面の火事がこの辺まで焼けて来ようとは思われなかったが万･･･ 寺田寅彦 「震災日記より」
･･･ 関八州が急に狭くなったような気がして帰って来たが、東京駅から駒込までの馴れた道筋はその割に存外遠いような気もした。 気紛れにいつもは出たことのない東京駅東口へ出てそこから車を拾って帰ったが、それだけのちがいで東京がいつもの東京と少･･･ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
一 昭和九年八月三日の朝、駒込三の三四九、甘納豆製造業渡辺忠吾氏が巣鴨警察署衛生係へ出頭し「十日ほど前から晴天の日は約二千、曇天でも約五百匹くらいの蜜蜂が甘納豆製造工場に来襲して困る」と訴え出たという記･･･ 寺田寅彦 「破片」
出典：青空文庫
