・・・ その後田舎へ帰ってからも、再び東京に出た後も、つい一度もやもりというものを見なかったが、駒込の下宿に移って後、夏も名残のある夜の雨にこの暗闇阪のやもりを見つけた時、十九の昔の一夜がありあり思い出された。あの後父が再び上京して帰った時の・・・ 寺田寅彦 「やもり物語」
・・・ お二方はそれから駒込の菩提寺をお尋ねになって、晴二郎の墓へお詣り下すったうえに、お経料までおいてお出になったそうでね。」「お爺さんにお金が沢山下ったでしょうね。」上さんは泣出す乳呑児を揺りながら訊いた。「一時賜金が百三十円に、・・・ 徳田秋声 「躯」
・・・然しこの書は明治十年西南戦争の平定した後凱旋の兵士が除隊の命を待つ間一時谷中辺の寺院に宿泊していた事を記述し、それより根津駒込あたりの街の状況を説くこと頗精細である。是亦明治風俗史の一資料たることを失わない。殊に根津遊廓のことに関しては当時・・・ 永井荷風 「上野」
・・・ カラクリの爺は眼のくさった元気のない男で、盲目の歌うような物悲しい声で、「本郷駒込吉祥寺八百屋のお七はお小姓の吉三に惚れて……。」と節をつけて歌いながら、カラクリの絵板につけた綱を引張っていたが、辻講釈の方は歯こそ抜けておれ眼付のこわ・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・でも君あてがなくっちゃいけなかろうと、あたかもいけないような顔をして見せたら、三重吉は頬ぺたへ手をあてて、何でも駒込に籠の名人があるそうですが、年寄だそうですから、もう死んだかも知れませんと、非常に心細くなってしまった。 何しろ言いだし・・・ 夏目漱石 「文鳥」
・・・あの駒込追分奥井の邸内に居った時分は、一軒別棟の家を借りていたので、下宿から飯を取寄せて食っていた。あの時分は『月の都』という小説を書いていて、大に得意で見せる。其時分は冬だった。大将雪隠へ這入るのに火鉢を持って這入る。雪隠へ火鉢を持って行・・・ 夏目漱石 「正岡子規」
・・・本郷でも、大学の前から駒込の方へ少し行けば、もう町はずれにて、砂煙の中に多くの肥車に逢うた。 その頃には、今の大学の正門の所に粗末な木の門があった。竜岡町の方が正門であって、そこは正門ではなかったらしい。そこから入ると、すぐ今は震災で全・・・ 西田幾多郎 「明治二十四、五年頃の東京文科大学選科」
・・・恐らく徳川幕府の時代から、駒込村の一廓で、代々夏の夜をなき明したに違いない夥しい馬追いも、もうあの杉の梢をこぼれる露はすえない事になった。 種々の変遷の間、昔の裏の苺畑の話につれ、白と云う名は時々私共の口に上った。 けれども、以来犬・・・ 宮本百合子 「犬のはじまり」
・・・の同志との連絡は完全に絶たれ、外の様子は駒込署の中に押しこめられていた私に何一つ分らぬ。一ヵ月半ばかり経った時、作家同盟の木村好子さん、後藤郁子さんが折角面会に来て呉れたのに、留置場の私がそれを知ったのは翌日のしかも夕方でした。出て来てから・・・ 宮本百合子 「逆襲をもって私は戦います」
・・・ 避病院に関しての迷信、 子供の間から、駒込に曲って行く黒馬車や吊台を見るとにげるくせのついて居る娘は、家に居るよりは当人のためになるとは知りながら、何だか悪い事のある様な、恐ろしい気持にならずに居られなかった。「なおるでし・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
出典:青空文庫