・・・たとえ、両国橋、新大橋、永代橋と、河口に近づくに従って、川の水は、著しく暖潮の深藍色を交えながら、騒音と煙塵とにみちた空気の下に、白くただれた目をぎらぎらとブリキのように反射して、石炭を積んだ達磨船や白ペンキのはげた古風な汽船をものうげにゆ・・・ 芥川竜之介 「大川の水」
・・・譚の言葉は僕の耳に唯一つづりの騒音だった。しかし彼の指さす通り、両岸の風景へ目をやるのは勿論僕にも不快ではなかった。「この三角洲は橘洲と言ってね。………」「ああ、鳶が鳴いている。」「鳶が?………うん、鳶も沢山いる。そら、いつか張・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・近代の忙だしい騒音や行き塞った苦悶を描いた文芸の鑑賞に馴れた眼で見るとまるで夢をみるような心地がするが、さすがにアレだけの人気を買った話上手な熟練と、別してドッシリした重味のある力強さを感ぜしめるは古今独歩である。 二 ・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・耳にもその騒音が伝わって来るように思えた。 葉書へいたずら書きをした彼の気持も、その変てこなむず痒さから来ているのだった。 雨 八月も終わりになった。 信子は明日市の学校の寄宿舎へ帰るらしかった。指の傷が癒っ・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・隣の病室でも、やかましく呻きわめく騒音が上りだした。 栗本は、何か重要なことを忘れてきたようで、焦点のきまらない方に注意を奪われがちだった。すべてが紙一重を距てた向うで行われているような気がした。顛覆した列車の窓からとび出た時の、石のよ・・・ 黒島伝治 「氷河」
・・・ 私の隣の家では、朝から夜中まで、ラジオをかけっぱなしで、甚だ、うるさく、私は、自分の小説の不出来を、そのせいだと思っていたのだが、それは間違いで、此の騒音の障害をこそ私の芸術の名誉ある踏切台としなければならなかったのである。ラジオの騒・・・ 太宰治 「鬱屈禍」
・・・少なくもわれわれ目明きの世界においては、一つの雑音あるいは騒音の聴覚によって喚起される心像は非常に多義的なものである。たとえば風の音は衣ずれの音に似通い、ため息の声にも通じる。タイプライターの音は機関銃にも、鉄工場のリベットハマーの音にも類・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・でも窓下の学生のセレネードは別として、露台のビア・ガルテンでおおぜいの大学生の合唱があって、おなじみのエルゴ・ヴィヴァームスの歌とザラマンダ・ライベンの騒音がラインの谷を越えて向こうの丘にこだまする。 ロシアでもドイツでも、男どうしがお・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・よく注意してみると、窓の外の街上を走る電車の騒音の中に含まれているどんどんというような音を自分の耳が抽出し拾い上げて、それを眼前の視像の中に都合よく投げ込んでいたものらしい。 同様に笛を吹く場面でもかすかに笛の音らしいものが聞かれた。こ・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・哀れな姫君の寝姿がピアニシモで消えると同時に、グヮーッとスフォルザンドーで朗らかなパリの騒音を暗示する音楽が大波のようにわき上がり、スクリーンにはパリの町の全景が映出される。ここの気分の急角度の転換もよくできている。 モーリスがシャトー・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
出典:青空文庫