・・・太平の夢はこれらのエンジンの騒音に攪乱されてしまったのである。 交通規則や国際間の盟約が履行されている間はまだまだ安心であろうが、そういうものが頼みにならない日がいつなんどき来るかもしれない。その日が来るとこれらの機械的鳥獣の自由な活動・・・ 寺田寅彦 「からすうりの花と蛾」
・・・太平の夢はこれらのエンジンの騒音に攪乱されてしまったのである。 交通規則や国際間の盟約が履行されている間はまだまだ安心であろうが、そういうものが頼みにならない日がいつ何時来るかもしれない。その日が来るとこれらの機械的鳥獣の自由な活動が始・・・ 寺田寅彦 「烏瓜の花と蛾」
・・・御院殿坂に鳴く蜩の声や邸後を通過する列車の騒音を聞くような心持がする。 寺田寅彦 「子規の追憶」
・・・という騒音の中で、特別な一つの種類であるところのさかな屋の盤台の音を瞬時に識別する能力はやはり驚くべきものである。 近代の物質的科学は人間の感官を追放することを第一義と心得て進行して来た。それはそれで結構である。しかしあらゆる現代科学の・・・ 寺田寅彦 「試験管」
・・・これを売っている露店商は特製特大の赤ん坊の頭ぐらいのを空に向けてジャンボンジャンボンと盛んに不思議な騒音を空中に飛散させて顧客を呼んだものである。実に無意味なおもちゃであるがしかしハーモニカやピッコロにはない俳味といったようなものがあり、そ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ただ拡声器からガヤガヤという騒音が流れだしている中に交じって早口にせき込んでしゃべっているアナウンサーの声が聞こえるだけであった。聞いてみるとそれは早慶野球戦の放送だというのであった。 彼はなんだかひどくさびしい心持ちがした。自分の・・・ 寺田寅彦 「野球時代」
・・・しかし歳月の過るに従い、繁激なる近世的都市の騒音と燈光とは全くこの哀調を滅してしまったのである。生活の音調が変化したのである。わたくしは三十年前の東京には江戸時代の生活の音調と同じきものが残っていた。そして、その最後の余韻が吉原の遊里におい・・・ 永井荷風 「里の今昔」
・・・鉄工場に働いたり、あるいは酸素打鋲器をあつかっている労働者、製菓会社のチョコレート乾燥場などの絶え間ない鼓膜が痛むような騒音と闘って働いている男女、独特な聴神経疲労を感じている電話交換手などにとって、ある音楽音はどういう反応をひき起すか、ど・・・ 宮本百合子 「芸術が必要とする科学」
・・・暑気が加わると、騒音はなおこたえた。私は困ったと思いながら、それなり祖母の埋骨式に旅立ったのであった。 フダーヤは、別に何とも云ってはいなかったのに、わざわざ廻り道をし、僅かなつてで家を見つけてくれた。彼女の心持や、新しい一夏をすごす家・・・ 宮本百合子 「この夏」
・・・ その恐ろしい騒音は、地上の何処へ行っても聴えるものではございますまいか。 其と同時に、此の騒音の最中から、何等の諧調を求めて、微かながら認め得た一筋の音律を、急がずうまず辿って行く、僅かながら、高く澄んだ金属性の調音も亦、天の果か・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫