・・・ 空気の裡には交響楽のクレッセンドウのように都会の騒音が高まる。遽しく鳴らす電車のベルの音が、次第に濃くなる夕闇に閉じ罩められたように響き出すと、私の歩調は自ら速めになった。もう私の囲りでは、誰一人呑気に飾窓などを眺めている者はない。何・・・ 宮本百合子 「小景」
・・・ 地殻から立ちのぼるあらゆる騒音や楽音、芳香と穢臭とは、皆その雲と空との間にほんのりと立ちこめて、コロコロ、コロコロと楽しそうにころがりながら、春の太陽の囲りを運行する自分達の住家を、いつも包んでいるように思われる。 二本の槲の古木・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
・・・無数の下駄の歯の音が日本的騒音で石の床から硝子の円天井へ反響した。 エスカレータアで投げ上げられた群集は、大抵建物の拱廊から下を覗いた。八階から段段段、資本主義商業の色さまざまな断面図。 ――まだここから飛び降りた奴あねえ。「も・・・ 宮本百合子 「未開な風景」
・・・しかし、最大の形容詞と最高の表現がくりかえしくりかえし、下らない落語の中にまで交って日夜反覆されると、それは自然、言葉としての生きた命を失って、ただのラジオの声或は騒音になってしまう。騒音には誰しもあきているのだから、調和のある音楽の音の方・・・ 宮本百合子 「ラジオ時評」
出典:青空文庫