一 雨降りの午後、今年中学を卒業した洋一は、二階の机に背を円くしながら、北原白秋風の歌を作っていた。すると「おい」と云う父の声が、突然彼の耳を驚かした。彼は倉皇と振り返る暇にも、ちょうどそこにあった辞・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・それは卓上電話のベルが、突然彼の耳を驚かしたからであった。「私。――よろしい。――繋いでくれ給え。」 彼は電話に向いながら、苛立たしそうに額の汗を拭った。「誰?――里見探偵事務所はわかっている。事務所の誰?――吉井君?――よろし・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・が、彼を驚かしたのは、独りそればかりではない。―― 彼の行く手には、一座の高い山があった。それがまた自らな円みを暖く抱いて、眼のとどかない上の方から、眼の先の寝床の上まで、大きな鍾乳石のように垂れ下っている。その寝床についている部分は、・・・ 芥川竜之介 「女体」
・・・といって二人を驚かして上げようと思って、いきなり大きな声を出して二人の方に走り寄りました。ところがどうしたことでしょう。僕の体は学校の鉄の扉を何の苦もなく通りぬけたように、おとうさんとおかあさんとを空気のように通りぬけてしまいました。僕は驚・・・ 有島武郎 「僕の帽子のお話」
・・・初の内は子供を驚かした犬を逐い出してしまおうという人もあり、中には拳銃で打ち殺そうなどという人もあった。その内に段々夜吠える声に聞き馴れて、しまいには夜が明けると犬のことを思い出して「クサカは何処に居るかしらん」などと話し合うようになった。・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・工事七分という処で、橋杭が鼻の穴のようになったため水を驚かしたのであろうも知れない。 僥倖に、白昼の出水だったから、男女に死人はない。二階家はそのままで、辛うじて凌いだが、平屋はほとんど濁流の瀬に洗われた。 若い時から、諸所を漂泊っ・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・「あれ、厭、驚かしちゃ……」 お浜がむずかって、蚊帳が動く。「そら御覧な、目を覚ましたわね、人を驚かすもんだから、」 と片頬に莞爾、ちょいと睨んで、「あいよ、あいよ、」「やあ、目を覚したら密と見べい。おらが、いろッて・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・坂の下口で気が附くと、驚かしやがらい、畜生めが。俺の袖の中から、皺びた、いぼいぼのある蒼い顔を出して笑った。――山は御祭礼で、お迎いだ――とよう。……此奴はよ、大い蕈で、釣鐘蕈と言うて、叩くとガーンと音のする、劫羅経た親仁よ。……巫山戯た爺・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・「そうでしょう、僕もこんなに遅くなるつもりではなかったがな、いやどうも深更に驚かして済まないなア……」「まアあがり給え」 そういって岡村は洋燈を手に持ったなり、あがりはなの座敷から、直ぐ隣の茶の間と云ったような狭い座敷へ予を案内・・・ 伊藤左千夫 「浜菊」
・・・その頃椿岳はモウ世間の名利を思切った顔をしていたが、油会所の手代時代の算盤気分がマダ抜けなかったと見えて、世間を驚かしてやろうという道楽五分に慾得五分の算盤玉を弾き込んで一と山当てるツモリの商売気が十分あった。その頃どこかの気紛れの外国人が・・・ 内田魯庵 「淡島椿岳」
出典:青空文庫