・・・ しかるに六蔵はなかなかの腕白者で、いたずらをするときはずいぶん人を驚かすことがあるのです。山登りがじょうずで、城山を駆け回るなどまるで平地を歩くように、道のあるところ無い所、サッサと飛ぶのです。ですからこれまでも、田口の者が六蔵はどこ・・・ 国木田独歩 「春の鳥」
・・・孜々として読書している青年たちを見ると、あの中から世を驚かす未来の天才が出てくるのであろうかと心強い気がする。「予を秀才といふはあたらず、よく刻苦すといふはあたれり」といった頼山陽の言は彼のすなおな告白であったに相違ない。 つとめて・・・ 倉田百三 「学生と読書」
・・・おまえたちを驚かすのを恐れて、きょうまでその勇気が出なかったのです。その点は許してください。 最初この話を加藤大一郎さんにしましたとき、それはとうさんのためにもよかろうと言ってたいへん喜んでくれました。おまえたちもそう思ってくれるならと・・・ 島崎藤村 「再婚について」
・・・実におそらく最も不自由な場合であるが、面白いことには、学者によってはこの狭い天地の中でさも愉快そうに自由自在に活動して立派な成果を収めて人を驚かすことがあるようである。一皿の水を化して大海とするのである。 政府の所属で、各種科学の特殊な・・・ 寺田寅彦 「学問の自由」
・・・そうして昨今国民の耳を驚かす非常時非常時の呼び声はいっそうこの方向への進出を促すように見える。 東京市全部の地図が美しい大公園になってそこに運動場や休息所がほどよく配置され、地下百尺二百尺の各層には整然たる街路が発達し、人工日光の照明に・・・ 寺田寅彦 「地図をながめて」
・・・手際よくやって驚かす性質のものではなく、むしろ如何にすれば成功し如何にすれば失敗するかを明らかにする方に効果がある。それがためには教師はむしろ出来るだけ多く失敗して、最後に成効して見せる方が教授法として適当であるかと思う。ここにちょっとデリ・・・ 寺田寅彦 「物理学実験の教授について」
・・・今幸に知らざる人の盾を借りて、知らざる人の袖を纏い、二十三十の騎士を斃すまで深くわが面を包まば、ランスロットと名乗りをあげて人驚かす夕暮に、――誰彼共にわざと後れたる我を肯わん。病と臥せる我の作略を面白しと感ずる者さえあろう。――ランスロッ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・と津田君は突然余を驚かすほどな大きな声を出す。今度は本当に威嚇かされて、無言のまま津田君の顔を見詰める。「よく注意したまえ」と二句目は低い声で云った。初めの大きな声に反してこの低い声が耳の底をつき抜けて頭の中へしんと浸み込んだような気持・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・締りをした門を揺り動かして、使いのものが、余を驚かすべく池辺君の訃をもたらしたのは十一時過であった。余はすぐに白い毛布の中から出て服を改めた。車に乗るとき曇よりした不愉快な空を仰いで、風の吹く中へ車夫を駈けさした。路は歯の廻らないほど泥濘っ・・・ 夏目漱石 「三山居士」
・・・空を行く長き箭の、一矢毎に鳴りを起せば数千の鳴りは一と塊りとなって、地上に蠢く黒影の響に和して、時ならぬ物音に、沖の鴎を驚かす。狂えるは鳥のみならず。秋の夕日を受けつ潜りつ、甲の浪鎧の浪が寄せては崩れ、崩れては退く。退くときは壁の上櫓の上よ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫