・・・ 父はいろいろの骨董道楽をしただけに煙草道具にもなかなか凝ったものを揃えていた。その中に鉄煙管の吸口に純金の口金の付いたのがあって、その金の部分だけが螺旋で取り外ずしの出来るようになっていた。羅宇屋に盗まれる恐れがあるので外ずして渡す趣・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
・・・ 道太は辰之助からその家にあった骨董品の話などを聞きながら、崖の下を歩いていた。飯を食う処は、その辺から見える山の裾にあったが、ぶらぶら歩くには適度の距離であった。道太はいたるところで少年時代の自分の惨めくさい姿に打つかるような気がした・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・書画骨董と称する古美術品の優秀清雅と、それを愛好するとか称する現代紳士富豪の思想及生活とを比較すれば、誰れか唖然たらざるを得んや。しかして茲に更に一層唖然たらざるを得ざるは新しき芸術新しき文学を唱うる若き近世人の立居振舞であろう。彼らは口に・・・ 永井荷風 「妾宅」
・・・柱ある処には硝子の箱を据え付け、その中に骨董を陳列す。壁にそいて右の方にゴチック式の暗色の櫃あり。この櫃には木彫の装飾をなしあり。櫃の上に古風なる楽器数個あり。伊太利亜名家の画ける絵のほとんど真黒になりたるを掛けあり。壁の貼紙は明色、ほとん・・・ 著:ホーフマンスタールフーゴー・フォン 訳:森鴎外 「痴人と死と」
・・・先ず予め茲で述べなければならないことは前論士は要するに仏教特に腐敗せる日本教権に対して一種骨董的好奇心を有するだけで決して仏弟子でもなく仏教徒でもないということであります。これその演説中数多如来正にょらいしょうへんちに対してあるべからざる言・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
・・・芝のおじさんが今月中にひっこすのですが書画骨董が多いのでその始末に閉口中。林町の父は、この頃ちょくちょく旅行に出かけ用事なのですが、正月には御木本真珠を見に山田へ行った話、まだ申しませんでしたね。御木本さんは元ウドンやだったそうで、その頃使・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ 没する数年前、久しぶりでロンドンへ再遊しましたが、そのときの旅行の目的は父自身の愉しみが主眼ではなかったので、大して好きな骨董店まわりも出来なかったようでした。只、三十年前に指環、カフス・ボタンのような小物を買った店が、現在でも同様趣・・・ 宮本百合子 「写真に添えて」
・・・所謂高貴な骨董趣味に溺れて莫大な蒐集をはじめたり、邸宅を構えようとしたり。総ては金のいることばかりである。 この期間は、今日になって眺めるとバルザックのさして永くない生涯にとって、最も急テムポに彼の政治上の王党派的傾向とカソリック精神と・・・ 宮本百合子 「バルザックに対する評価」
・・・その後東京の町は激しく破壊され、先生が大震災後住みついていられたお宅も、愛蔵された書籍や書画や骨董とともに焼けてしまった。それのみか、戦いの終わろうとする間ぎわになって、やはり空襲のために、学徒で召集されていた愛孫を失われた。そのあとには占・・・ 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
・・・その壺で儲けたある骨董屋の事を考える。同様にまた彼らが一人の美女を見る場合にも、この女の容姿に盛られた生命の美しさは彼らには無関係である。彼らはただ肉欲の対象として、牛肉のいい悪いを評価すると同じ心持ちで、評価する。この種の享楽の能力は、嗅・・・ 和辻哲郎 「享楽人」
出典:青空文庫