・・・ 魔術師でない限り、何もない真空からたとえ一片の浅草紙でも創造する事は出来そうに思われない。しかし紙の材料をもっと精選し、もっとよくこなし、もういっそうよく洗濯して、純白な平滑な、光沢があって堅実な紙に仕上げる事は出来るはずである。マッ・・・ 寺田寅彦 「浅草紙」
・・・この音源が空中を飛躍して人形の口へ乗り移るのである。この魔術は、演技者がもしも生きた人間であったら決してしとげられないであろうと想像される。 もし、人間の扮したお園が人形のお園と精密に同じ身ぶりをしたとしたら、それはたぶん唖者のように見・・・ 寺田寅彦 「生ける人形」
・・・映画というものは実際恐ろしい魔術だと思われる。 寺田寅彦 「映画雑感(4[#「4」はローマ数字、1-13-24])」
・・・第八番、デューカーの「魔術師の徒弟」。第九番、ブラームス「ウンガリシェ・タンツ」というふうに楽曲の名前が並べてあるだけで、いったいどんなものを見せられるか全く見当がつかない。 さて、映写が始まって音楽が始まると同時に、暗いスクリーンの上・・・ 寺田寅彦 「踊る線条」
・・・つまり読者の錯覚、認識不足を利用して読者を魅了すればよいので、この点奇術や魔術と同様である。そういうものになると探偵小説はほんとうの「実験文学」とは違った一つの別派を形成するとも言われるであろう。そういうこしらえ物でなくて、実際にあった事件・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・ この不可能事を化して可能にする魔術師の杖は何かと調べてみると、それは、言わば、具体的事実の抽象一般化、個別的現象の類型化とでも名づけるべき方法であると思われる。 殺人事件というものが古来一つもなかったらどうにもならない話であるが、・・・ 寺田寅彦 「ジャーナリズム雑感」
・・・停車場のくすぶった車庫や、ペンキのはげかかったタンクや転轍台のようなものまでも、小春の日光と空気の魔術にかかって名状のできない美しい色の配合を見せていた。それに比べて見ると、そこらに立っている婦人の衣服の人工的色彩は、なんとなくこせこせした・・・ 寺田寅彦 「写生紀行」
・・・祭祀その他宗教的儀式と連関していろいろの巫術魔術といったようなものも民族の統治者の主権のもとに行なわれてそれが政治の重要な項目の一つになっていたように思われる。 そうした祭祀や魔術の目的はいろいろであったろうが、その一つの目的はわれわれ・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・これはわれわれ素人の目には実際一種の魔術であるとしか思われない。玄人の談によると、強いフォルテを出すのでも必ずしも弓の圧力や速度だけではうまく出るものではないそうである。たとえばイザイの持っていたバイオリンはブリジが低くて弦が指板にすれすれ・・・ 寺田寅彦 「「手首」の問題」
・・・しかもただ一歩で、すぐ捉へることができるやうに、虚偽の影法師で欺きながら、結局あの恐ろしい狂気が棲む超人の森の中へ、読者を魔術しながら導いて行く。 ニイチェを理解することは、何よりも先づ、彼の文学を「感情する」ことである。すべての詩の理・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
出典:青空文庫