・・・ごうごうと鳴り響く溪の音ばかりが耳について、おきまりの恐怖が変に私を落着かせないのである。もっとも恐怖とはいうものの、私はそれを文字通りに感じていたのではない。文字通りの気持から言えば、身体に一種の抵抗を感じるのであった。だから夜更けて湯へ・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・ セリヌンティウスは、すべてを察した様子で首肯き、刑場一ぱいに鳴り響くほど音高くメロスの右頬を殴った。殴ってから優しく微笑み、「メロス、私を殴れ。同じくらい音高く私の頬を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。生れ・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・また自分たちの家の裏の丘上の別荘にいた人は爆音を聞き、そのあとで岩のくずれ落ちるような物すごい物音がしばらく持続して鳴り響くのを聞いたそうである。あいにく山が雲で隠れていて星野のほうからは噴煙は見えなかったし、降灰も認められなかった。 ・・・ 寺田寅彦 「小爆発二件」
・・・句を読むものが舌頭に千転する間にこの障壁が消えて二つのものが一つになりいわゆる陪音が鳴り響く。「かな」は詠嘆の意を含む終止符であるから普通の意味でも切れる切れ字には相違ないが、また一方では、もう一度繰り返して初五字を呼び出す力をもっている。・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 第十三回革命記念日の数日前、一九三〇年十一月一日の朝、モスクワの白露バルチック線停車場は鳴り響く音楽と数百の人々が熱心に歌うインターナショナルの歌声で震えた。各国からの代表、歓び勇んでやって来たプロレタリア作家たちの到着だ。みんなは、・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ 彼女は、書きながら、心がブーンブーンと鳴り響くような心持がした。「弱い者、気の毒なものが虐げられるのが悪いのなら、そうでないように出来るだけやってみることに、何の躊躇がいろう。 よりよく、より正しい方へとすべては試みられな・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫