・・・ 土堤下から畑のくろに沿うて善ニョムさんは、ヨロつく足を踏みしめ上ってくると、やがて麦畑の隅へ、ドサリと畚を下ろした。――ヤレ、ヤレ――「お、伸びた、伸びた」 善ニョムさんは、ハッ、ハッ息を切らしながら、天秤棒の上に腰を下ろすと・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・まだ短い麦畑の霜どけにぬかるみながら、腹がけをした電信工夫が新しい電柱を立てようとしている作業が目を掠める。 窓外の景色がすこし活々して来るにつれ、赤いジャケツの娘の子は退屈がまして来るらしく益々父親の膝に体ごとまつわりついて、赤いほッ・・・ 宮本百合子 「東京へ近づく一時間」
・・・「ちいっとばっかり桑畑や麦畑を持ってるから、それでやってくんでござりましょう。が御隠居の目から見なさりゃあ、どいつもはあ気違えのようなもんでござりますよ。 へ……」 作男達の顔には、彼等特有の微笑が湧く。 誰か「エヘン!」と・・・ 宮本百合子 「禰宜様宮田」
・・・道は白く乾いて右手に麦畑がある。尾世川は麦の葉をとって鳴らそうとした。うまく鳴らなかった。「葉っぱじゃない茎を吹くんじゃないんですか」「いや、確に葉っぱが鳴ったと思うんですがね」 浅くひろがった松林があり、樹の間に掛茶屋が見えた・・・ 宮本百合子 「帆」
・・・住民たちは、侵略の恐ろしい暴力とたたかったのであったが、このたびの第二次世界戦争においても、豊かに波だつ麦畑と、それを粉に挽く風車の故に、ウクライナ自治共和国は渾身の力をふるって敵に当らなければならなかった。 ウクライナの村々から、男は・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・川端氏は黄熟せる麦畑の写実によってそれの可能を実証してくれた。昨年の『慈悲光礼讃』に比べれば、その観照の着実と言い対象への愛と言い、とうてい同日に論ずべきでない。 が、この実証は自分に満足を与えたとは言えない。自分はこの種の写実の行なわ・・・ 和辻哲郎 「院展日本画所感」
出典:青空文庫