・・・それは街燈の光のせいか、妙にまた黄色に見えるものだった。僕等は腕を組んだまま、二十五の昔と同じように大股にアスファルトを踏んで行った。二十五の昔と同じように――しかし僕はもう今ではどこまでも歩こうとは思わなかった。「まだ君には言わなかっ・・・ 芥川竜之介 「彼 第二」
・・・が、彼女の前髪や薄い黄色の夏衣裳の川風に波を打っているのは遠目にも綺麗に違いなかった。「見えたか?」「うん、睫毛まで見える。しかしあんまり美人じゃないな。」 僕は何か得意らしい譚ともう一度顔を向い合せた。「あの女がどうかした・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・秋に収穫すべき作物は裏葉が片端から黄色に変った。自然に抵抗し切れない失望の声が、黙りこくった農夫の姿から叫ばれた。 一刻の暇もない農繁の真最中に馬市が市街地に立った。普段ならば人々は見向きもしないのだが、畑作をなげてしまった農夫らは、捨・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ 瓜畑を見透しの縁――そこが座敷――に足を投出して、腹這いになった男が一人、黄色な団扇で、耳も頭もかくしながら、土地の赤新聞というのを、鼻の下に敷いていたのが、と見る間に、二ツ三ツ団扇ばかり動いたと思えば、くるりと仰向けになった胸が、臍・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・またいびつ形に円くなって、ぼやりと黄色い、薄濁りの影がさした。大きな船は舳から胴の間へかけて、半分ばかり、黄色くなった。婦人がな、裾を拡げて、膝を立てて、飛乗った形だっけ。一ぱし大きさも大きいで、艪が上って、向うへ重くなりそうだに、はや他愛・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・秋のころには、そこに植わっている桜の木が、黄色になって、はらはらと葉がちりかかりました。そして、年子は、先生の姿を見つけると、ご本の赤いふろしき包みを打ち振るようにして駆け出したものです。「あまり遅いから、どうなさったのかと思って待って・・・ 小川未明 「青い星の国へ」
・・・ 赤い花、白い花、紫の花、青い花、そして黄色な花もありました。 夕空に輝く星のように、また、海から上がったさまざまの貝がらのように、それらの花は美しく咲いていました。 二郎は、ぼんやりと立ってながめていますと、その中の、いちばん・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・紅の葉、黄色の葉、大小さまざまの木の葉はたちまち木陰より走りいでてまた木陰にかくれ走りつ。たちまち浮かびたちまち沈み、回転りつ、ためらいつす。かれは一つを見送りつまた一つを迎え、小なるを見失いては大なるをまてり。かれが心のはげしき戦いは昨夜・・・ 国木田独歩 「わかれ」
・・・ 白い曠野に、散り散りに横たわっている黄色の肉体は、埋められて行った。雪は降った上に降り積った。倒れた兵士は、雪に蔽われ、暫らくするうちに、背嚢も、靴も、軍帽も、すべて雪の下にかくれて、彼等が横たわっている痕跡は、すっかり分らなくなって・・・ 黒島伝治 「渦巻ける烏の群」
・・・井村は鼻から口を手拭いでしばり、眼鏡をかけていた。黄色ッぽい長い湿った石のほこりは、長くのばした髪や、眉、まつげにいっぱいまぶれついていた。 汚れた一枚のシャツの背には、地図のように汗がにじんでいた。そして、その地図の区域は次第に拡大し・・・ 黒島伝治 「土鼠と落盤」
出典:青空文庫