・・・そのはちょっと黒色人種の皮膚の臭気に近いものだった。「君はどこで生まれたの?」「群馬県××町」「××町? 機織り場の多い町だったね。」「ええ。」「君は機を織らなかったの?」「子供の時に織ったことがあります。」 わ・・・ 芥川竜之介 「夢」
・・・無数の黒色の旅客が、この東洋一とやらの大停車場に、うようよ、蠢動していた。すべて廃残の身の上である。私には、そう思われて仕方がない。ここは東北農村の魔の門であると言われている。ここをくぐり、都会へ出て、めちゃめちゃに敗れて、再びここをくぐり・・・ 太宰治 「座興に非ず」
・・・ごわごわした固い布地の黒色パンツひとつ、脚、海草の如くゆらゆら、突如、かの石井漠氏振附の海浜乱舞の少女のポオズ、こぶし振あげ、両脚つよくひらいて、まさに大跳躍、そのような夢見ているらしく、蚊帳の中、蚊群襲来のうれいもなく、思うがままの大活躍・・・ 太宰治 「創生記」
・・・ 須々木乙彦って、あれは、ただの鼠じゃないんですね。黒色テロ。銀行を襲撃しちゃった。」 憮然と部屋の隅につっ立っていた青年は、「たしかですか?」蒼ざめていた。「もう、五六日したら、記事も解禁になるだろうと思いますが。」善光寺は、・・・ 太宰治 「火の鳥」
・・・ 浮世絵の画面における黒色の斑点として最も重要なものは人物の頭の毛髪である。これがほとんど浮世絵人物画の焦点あるいは基調をなすものである。試みにこれらの絵の頭髪を薄色にしてしまったとしたら絵の全部の印象が消滅するように私には思われ・・・ 寺田寅彦 「浮世絵の曲線」
・・・ 何が出るかと思って、緊張している、大勢の頭上の空中に、一団の大きな黄黒色のボアのような煙の団塊が一つ出来た。そしてただそれだけであった。煙は次第次第に乱れて拡散して、やがてただ一抹の薄い煙になってやがて消えてしまった。 花火船の艫・・・ 寺田寅彦 「雑記(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ 週期的ではないが、リーゼガング現象といくぶん類似の点のあるのは、モチの木の葉の面に線香か炭火の一角を当てるときにできる黒色の環状紋である。これについては現に理化学研究所平田理学士によって若干の実験的研究が進行しているが、これもやはり広・・・ 寺田寅彦 「自然界の縞模様」
「黒色のほがらかさ」ともいうものの象徴が黒楽の陶器だとすると、「緑色の憂愁」のシンボルはさしむき青磁であろう。前者の豪健闊達に対して後者にはどこか女性的なセンチメンタリズムのにおいがある。それでたぶん、年じゅう胃が悪くて時々・・・ 寺田寅彦 「青磁のモンタージュ」
・・・その間にも噛みこなす事は休まず続けているので、毛虫の形はだんだんに消えて緑がかった黒色の塊に変りつつあった。そのうちに蜂は一度羽根を拡げて強く振動させた、おそらく飛び上がろうとしたのであろうが、虫の重量はこの蜂の飛揚力以上であったと見えて少・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・やっと取り出した虫はかなり大きなものであった、紫黒色の肌がはち切れそうに肥っていて、大きな貪欲そうな口ばしは褐色に光っていた。袋の暗やみから急に強烈な春の日光に照らされて虫のからだにどんな変化が起こっているか、それは人間には想像もつかないが・・・ 寺田寅彦 「簔虫と蜘蛛」
出典:青空文庫