・・・机上に置いて玩味し、黙読し考うるのは、むしろ書物そのものが持つ特性でありましょう。私などどうしても、書物を読んで、それから得た知識でなければ、真に身にならない気がします。一つは雑誌であると、百貨店へ行ったように他へ気が散るからであります。・・・ 小川未明 「書を愛して書を持たず」
・・・雪は、溜息ついて黙読をはじめた。私は、机のそばに坐って、ひっそりと机に頬杖つき、わが愛読者の愛すべき横顔を眺めた。ああ、おのれの作品が眼のまえで、むさぼるように読まれて居るのを眺めるこの刺すような歓喜! 雪は二三枚読むと、なんと思ったか・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・立入った理論はぬきにして、試みにある一つの歌を一遍声を立てて、読み下した後に、今後は口をむっと力を入れてつぶって黙読してみるといい。あるいはもっと面白いのは口を思い切ってあんと開いて黙唱してみるといい。するとせっかくの歌の口調が消えてしまっ・・・ 寺田寅彦 「歌の口調」
・・・実際文章の意味は、黙読した方がよく分るけれど、自分の覚束ない知識で充分に分らぬ所も、声を出して読むと面白く感ぜられる。これは確かに欧文の一特質である。 処が、日本の文章にはこの調子がない、一体にだらだらして、黙読するには差支えないが、声・・・ 二葉亭四迷 「余が翻訳の標準」
出典:青空文庫