・・・ 生際の曇った影が、瞼へ映して、面長なが、さして瘠せても見えぬ。鼻筋のすっと通ったを、横に掠めて後毛をさらりと掛けつつ、ものうげに払いもせず……切の長い、睫の濃いのを伏目になって、上気して乾くらしい唇に、吹矢の筒を、ちょいと含んで、片手・・・ 泉鏡花 「露肆」
・・・ きっと向いて、境を見た瓜核顔は、目ぶちがふっくりと、鼻筋通って、色の白さは凄いよう。――気の籠もった優しい眉の両方を、懐紙でひたと隠して、大きな瞳でじっと視て、「……似合いますか。」 と、莞爾した歯が黒い。と、莞爾しながら、褄・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・年紀の頃は十九か二十歳、色は透通る程白く、鼻筋の通りました、窶れても下脹な、見るからに風の障るさえ痛々しい、葛の葉のうらみがちなるその風情。 八 高が気病と聞いたものが、思いの外のお雪の様子、小宮山はまず哀れさが・・・ 泉鏡花 「湯女の魂」
・・・ トその垣根へ乗越して、今フト差覗いた女の鼻筋の通った横顔を斜違いに、月影に映す梅の楚のごとく、大なる船の舳がぬっと見える。「まあ、可いこと!」 と嬉しそうに、なぜか仇気ない笑顔になった。 七「池があ・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・堀端では、前後一度だって、横顔の鼻筋だって、見えないばかりか、解りもしない。が、朝、お京さんに聞いたばかりで、すぐ、ああ、それだと思ったのも、おなじ死ぬ気の、気で感じたのであろうと思う…… と、お京さんが、むこうの後妻の目をそらして、格・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・それかあらぬか、父は生れたばかりの私の顔をそわそわと覗きこんで、色の白いところ、鼻筋の通ったところ、受け口の気味など、母親似のところばかり探して、何となく苦りきっていたといいます。父は高座へ上ればすぐ自分の顔の色のことを言うくらい色黒で、鼻・・・ 織田作之助 「アド・バルーン」
・・・細面だが額は広く、鼻筋は通り、笑うと薄い唇の両端が窪み、耳の肉は透きとおるように薄かった。睫毛の長い眼は青味勝ちに澄んで底光り、無口な女であった。 高等学校の万年三年生の私は、一眼見て静子を純潔で知的な女だと思い込み、ランボオの詩集やニ・・・ 織田作之助 「世相」
・・・ 早生れの安子は七つで小学校に入ったが、安子は色が白く鼻筋がツンと通り口許は下唇が少し突き出たまま緊り、眼許のいくらか上り気味なのも難にならないくらいの器量よしだったから、三年生になると、もう男の子が眼をつけた。その学校は土地柄風紀がみ・・・ 織田作之助 「妖婦」
・・・それこそ、まるで滝のよう、額から流れ落ちる汗は、一方は鼻筋を伝い、一方はこめかみを伝い、ざあざあ顔中を洗いつくして、そうしてみんな顎を伝って胸に滑り込み、その気持のわるさったら、ちょうど油壺一ぱいの椿油を頭からどろどろ浴びせかけられる思いで・・・ 太宰治 「愛と美について」
・・・あれは地主と言って、自分もまた労働しているとしじゅう弁明ばかりしている小胆者だが、おれはあのお姿を見ると、鼻筋づたいに虱が這って歩いているようなもどかしさを覚える。また、あそこのベンチに腰かけている白手袋の男は、おれのいちばんいやな奴で、見・・・ 太宰治 「猿ヶ島」
出典:青空文庫