・・・それからまたズーズーズーズー行く中に急に明りがさしたから、見ると右側に一面にスリガラスを入れた家がある。内側には灯が明るくついて居るので鉢植の草が三鉢ほどスリガラスに影を写してあざやかに見える。一つは丸い小い葉で、一つは万年青のような広い長・・・ 正岡子規 「熊手と提灯」
・・・ふりかえれば遥かの山本に里の灯二ッ三ッ消えつ明りつ。折々颯と吹く風につれて犬の吠ゆる声谷川の響にまじりて聞こゆるさえようようにうしろにはなりぬ。 枯れ柴にくひ入る秋の蛍かな 闇の雁手のひら渡る峠かな 二更過ぐる頃軽井沢に・・・ 正岡子規 「旅の旅の旅」
・・・おれはあけがた、東の空のひかりと、西の月のあかりとで、たしかにそれを見届けた。しかしみんなももう帰ってよかろう。粟はきっと返させよう。だから悪く思わんで置け。一体盗森は、じぶんで粟餅をこさえて見たくてたまらなかったのだ。それで粟も盗んで来た・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・そしてあかりをけしてみんな早くからねてしまいました。 * 夜中にホモイは眼をさましました。 そしてこわごわ起きあがって、そっと枕もとの貝の火を見ました。貝の火は、油の中で魚の眼玉のように銀色に光っています。もう赤い火・・・ 宮沢賢治 「貝の火」
・・・ 月のあかりがぱっと青くなりました。「おまえのうたは題はなんだ。」画かきは尤もらしく顔をしかめて云いました。「馬と兎です。」「よし、はじめ、」画かきは手帳に書いて云いました。「兎のみみはなが……。」「ちょっと待った。・・・ 宮沢賢治 「かしわばやしの夜」
つめたいいじの悪い雲が、地べたにすれすれに垂れましたので、野はらは雪のあかりだか、日のあかりだか判らないようになりました。 烏の義勇艦隊は、その雲に圧しつけられて、しかたなくちょっとの間、亜鉛の板をひろげたような雪の田・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・ ガラスのお家が月のあかりで大へんなつかしく光っていた。ペムペルは一寸立ちどまってそれを見たけれども、又走ってもうまっ黒に見えているトマトの木から、あの黄いろの実のなるトマトの木から、黄いろのトマトの実を四つとった。それからまるで風のよ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・その客観のうすら明りのなかに、何とたくさんの激情の浪費が彼女の周囲に渦巻き、矛盾や独断がてんでんばらばらにそれみずからを主張しながら、伸子の生活にぶつかり、またそのなかから湧きだして来ていることだろう。「伸子」で終った一巡の季節は、「二・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・彼方側を歩いているさほ子の顔は見えず、白い足袋ばかりがちらちら薄明りの中に動いて見えた。 十分ばかりも経った時、さほ子はやっと沈黙を破った。「それじゃ、私斯うするわ。ね、貴方はこれから何処かへ転地なさるのよ」「え? 誰が?」・・・ 宮本百合子 「或る日」
・・・くりかえして又つぶやいて手をのばしてあかりをけしてしまった。日の高くなるまで女はすき通る様なかおをしてねて居た。目ざめるとすぐ枕元の地獄の絵を見て女はねむたげな様子もなくさえた笑声を家中にひびかせた。 日暮方、男は又御龍の玄関の前に立っ・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
出典:青空文庫