・・・主義の項目を如何ほど暗記しようとしても、それの中心たる、これでこそ生きているという終極の安心は得られないでしょう。その時その女性は、本当に自分の道を見出す必要に迫られて来るのです。自分の安心立命の出来るものを発見しようとした時、初めて時代と・・・ 宮本百合子 「今日の女流作家と時代との交渉を論ず」
・・・高等学校の学生であった頃から父の洋行したい心持はつよく、ロンドンやパリの地図はヴェデカの古本を買って暗記する位であった由。この知識が偶然の功を奏して、当時富士見町の角屋敷に官職を辞していた老父のところへ、洋行がえりの同県人と称して来て五十円・・・ 宮本百合子 「中條精一郎の「家信抄」まえがきおよび註」
・・・ イワンは皆の知ってることしか知らないのだが、数字だけは特別出来な頭で時に教授より暗記しているおかしいやつ! 学生たちは、互に幼稚園時代から共学でやって来てる。一緒に働き、遊び、男の子たちは、女の子がヒステリーを起して卒倒するのから・・・ 宮本百合子 「ワーニカとターニャ」
・・・白居易の亡くなった宣宗の大中元年に、玄機はまだ五歳の女児であったが、ひどく怜悧で、白居易は勿論、それと名を斉ゅうしていた元微之の詩をも、多く暗記して、その数は古今体を通じて数十篇に及んでいた。十三歳の時玄機は始て七言絶句を作った。それから十・・・ 森鴎外 「魚玄機」
・・・先日までは、まだ栖方の新武器が夢だと思っていた先日まで、栖方の生命の安危が心配だったのに、それが事実に近づいて来てみると、彼のことなども早やどうでも良くなって、悪魔の所在を嗅ぎつけようとしている自分だということは、――悪魔、たしかにいるのだ・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫