・・・というと同時に祭壇に安置された十字架聖像を恭しく指した。十字架上の基督は痛ましくも痩せこけた裸形のままで会衆を見下ろしていた。二十八のフランシスは何所といって際立って人眼を引くような容貌を持っていなかったが、祈祷と、断食と、労働のためにやつ・・・ 有島武郎 「クララの出家」
・・・ 知ることの浅く、尋ぬること怠るか、はたそれ詣ずる人の少きにや、諸国の寺院に、夫人を安置し勧請するものを聞くこと稀なり。 十歳ばかりの頃なりけん、加賀国石川郡、松任の駅より、畦路を半町ばかり小村に入込みたる片辺に、里寺あり、寺号は覚・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・……門も朱塗だし、金剛神を安置した右左の像が丹であるから、いずれにも通じて呼ぶのであろう。住職も智識の聞えがあって、寺は名高い。 仁王門の柱に、大草鞋が――中には立った大人の胸ぐらいなのがある――重って、稲束の木乃伊のように掛っている事・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・う……と朧夜にニコリと笑って申されたを、通りがかった当藩三百石、究竟の勇士が、そのまま中仙道北陸道を負い通いて帰国した、と言伝えて、その負さりたもうた腹部の中窪みな、御丈、丈余の地蔵尊を、古邸の門内に安置して、花筒に花、手水鉢に柄杓を備えた・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・二枚屏風、ずんどの銅の花瓶に、からびたコスモスを投込んで、新式な家庭を見せると、隣の同じ道具屋の亭主は、炬燵櫓に、ちょんと乗って、胡坐を小さく、風除けに、葛籠を押立てて、天窓から、その尻まですっぽりと安置に及んで、秘仏はどうだ、と達磨を極め・・・ 泉鏡花 「露肆」
一 加賀の国黒壁は、金沢市の郊外一里程の処にあり、魔境を以て国中に鳴る。蓋し野田山の奥、深林幽暗の地たるに因れり。 ここに摩利支天を安置し、これに冊く山伏の住える寺院を中心とせる、一落の山廓あり。戸・・・ 泉鏡花 「妖僧記」
・・・倫理的なるものに反抗し、否定するアンチモラールはまだいい。それはなお倫理的関心の領域にいるからだ。最も許しがたいのは倫理的なものに関心を持たぬアモラールである。それは人間としての素質の低卑の徴候であって、青年として最も忌むべき不健康性である・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・たゞ、主として、力点をアンチ・ミリタリズム文学に置くと云ったまでのことである。 帝国主義ブルジョアジーは、平時から、殖民地の××他民族の隷属、労働運動の抑圧政策をとる。その政策が継続し、発展してついには、××手段による戦争が起ってくる。・・・ 黒島伝治 「反戦文学論」
・・・大淵、小柱、金崎、皆野、久那、寺尾等秩父郡の村々には氷雨塚と称うるもの甚だ多く、大野原には百八塚などいうものあり、また贄川、日野あたりには棒神と唱えて雷槌を安置せるものありと聞きしまま、秩父へ来し次手には、おおむかしのかたみの氷の雨塚という・・・ 幸田露伴 「知々夫紀行」
・・・政元の魔法は成就したか否か知らず、永い月日を倦まず怠らずに、今日も如法に本尊を安置し、法壇を厳飾し、先ず一身の垢を去り穢を除かんとして浴室に入った。三業純浄は何の修法にも通有の事である。今は言葉をも発せず、言わんともせず、意を動かしもせず、・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
出典:青空文庫