・・・ ――聞くとともに、辻町は、その壮年を三四年、相州逗子に過ごした時、新婚の渠の妻女の、病厄のためにまさに絶えなんとした生命を、医療もそれよ。まさしく観世音の大慈の利験に生きたことを忘れない。南海霊山の岩殿寺、奥の御堂の裏山に、一処咲満ち・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・米国はいち早く東洋艦隊を急派して、医療具、薬品等を横浜へはこんで来ました。なお数せきの御用船で食糧や、何千人を入れ得るテント病院を寄そうして来ました。その病院は横浜と東京とにたてられて、のちには日本人の手で活動しました。その他、ニューヨーク・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・それに、全く文字どおりの着のみ着のままという罹災者は一人も無く、まずたいていは荷物の四個や五個はどこかに疎開させていて、当分の衣料その他に不自由は無いものの如くに見受けられる。それだけのお金や品物が残っていたら、なに、あとはその人の創意工夫・・・ 太宰治 「やんぬる哉」
・・・ 社会の風教を乱すような邪教淫祠、いかがわしい医療方法や薬剤、科学の仮面をかぶった非科学的無価値の発明や発見、そういうものに世人の多くが迷わされて深入りしない前にそれらの真価を探求したい。官衙や商社における組織や行政の不備や吏員の怠慢に・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・小ざっぱりとした白い壁の小部屋で、ピカピカ清潔な医療道具がガラス箱の内に揃っている。白い上っぱりを着た医者が一人の女の患者を扱っているところだった。「女はどうしても姙娠やお産で歯をわるくするのです。ところが働きながら歯医者へ通うことは時・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ 特に裁縫ではいろいろ細工がある。衣料関係の労働は、こういう大量の既製品製作ばかりではない。金モール細工をする人、刺繍をする人、さけた布地をつぐ専門家、大体それは女の仕事であった。或は、立って働くには不便な不具の男の仕事とされた。アンデ・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 太古のエジプトでは、僧侶が人の病をいやす役目もはたしていたという文明の発端から、人類の医療の父として語られるヒポクラテスの話におよびさらに、ウィリアム・ハーヴェーの血液循環の発見があり、やがてパストゥールによって細菌が発見されたのも、・・・ 宮本百合子 「科学の常識のため」
・・・ おなかの丸みで、細い医療用の物尺がうまくおさまっていない。木村先生はベッドの裾の方から廻って窮屈な形に肱をつき、自分で物尺を持ってあてがいながら、ずーっとこの辺入るかね? と些か堅くなっている写真師の手元を熱心に見上げて居られる。自分・・・ 宮本百合子 「寒の梅」
・・・私がひっくり返って治るまでに、咲枝やおなかの赤チャン、泰子、国男さん、寿江子、みんなが揃いも揃って一つの時期を通って、私の医療につれて何かそれぞれ+を得て、国男さんは神経衰弱が治ったりして本当に禍福あざなえる繩ですね。文法書のことは承知致し・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
・・・ソヴェトの保健省は全国民を無料で医療させるということを目標にしている。農村の方の衛生準備はどうしても遅れていて、今度五ヵ年計画で診療所を非常に殖やすということで、医者を地方に派遣する新しい規定とか、いろいろなそういうものを制定している。・・・ 宮本百合子 「ソヴェト・ロシアの素顔」
出典:青空文庫