・・・夕闇は潮のにおいと一しょに二人のまわりを立て罩めて、向う河岸の薪の山も、その下に繋いである苫船も、蒼茫たる一色に隠れながら、ただ竪川の水ばかりが、ちょうど大魚の腹のように、うす白くうねうねと光っています。新蔵はお敏の肩を抱いて、優しく唇を合・・・ 芥川竜之介 「妖婆」
・・・ただし、開いていた、その黒い戸の、裏桟に、白いものが一条、うねうねと伝っている。」「…………」「どこからか、細目に灯が透くのかしら?……その端の、ふわりと薄うすひらったい処へ、指が立って、白く刎ねて、動いたと思うと、すッと扉が閉った・・・ 泉鏡花 「古狢」
・・・けれども大船に救い上げられたからッて安心する二葉亭ではないので、板子一枚でも何千噸何万噸の浮城でも、浪と風との前には五十歩百歩であるように思えて終に一生を浪のうねうねに浮きつ沈みつしていた。 政治や外交や二葉亭がいわゆる男子畢世の業とす・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・ 砂の山が、うねうねとつづいていました。 そして、暖かな日なので、陽炎が立っていました。 沖の方を見ますと、青い青い海が笑っていました。 砂山の下には、波打ちぎわに岩があって、波のまにまにぬれて、日に光っていました。 そ・・・ 小川未明 「赤い船のお客」
・・・どちらを見ても限りない、ものすごい波が、うねうねと動いているのであります。 なんという、さびしい景色だろうと、人魚は思いました。自分たちは、人間とあまり姿は変わっていない。魚や、また底深い海の中に棲んでいる、気の荒い、いろいろな獣物など・・・ 小川未明 「赤いろうそくと人魚」
・・・どちらを見ても限りない、物凄い波がうねうねと動いているのであります。 なんという淋しい景色だろうと人魚は思いました。自分達は、人間とあまり姿は変っていない。魚や、また底深い海の中に棲んでいる気の荒い、いろいろな獣物等とくらべたら、どれ程・・・ 小川未明 「赤い蝋燭と人魚」
・・・それは、工場から、長いうねうねとした道を揺られて、停車場へと運ばれ、そこからまた遠い、田舎の方へと送られるのでありました。 飴チョコの箱には、かわいらしい天使が描いてありました。この天使の運命は、ほんとうにいろいろでありました。あるもの・・・ 小川未明 「飴チョコの天使」
・・・風が強く吹いて、波が岩角に白く、雪となってはね上がり、地平線が黒くうねうねとして見える海が恋しくなりました。 かもめは、北の方の故郷に帰ろうと心にきめました。そして、その名残にこの街の中の光景をできるだけよく見ておこうと思いました。ある・・・ 小川未明 「馬を殺したからす」
・・・ 黒竜江は、どこまでも海のような豊潤さと、悠々さをたたえて、遠く、ザバイガル州と呼倫湖から、シベリアと支那との、国境をうねうねとうねり二千里に渡って流れていた。 十一月の初めだった。氷塊が流れ初めた。河面一面にせり合い、押し合い氷塊・・・ 黒島伝治 「国境」
・・・のつよいところとよわいところでは震動のはげしさもちがいますが、本所のような一ばんひどかった部分では、あっと言って立ち上ると、ぐらぐらゆれる窓をとおして、目のまえの鉄筋コンクリートだての大工場の屋根瓦がうねうねと大蛇が歩くように波をうつと見る・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
出典:青空文庫