・・・「いつか、この池のところで拾って、学校の先生に見せたら、大昔のものだから、しまっておけとおっしゃいました。」「ははあ、君のお家は遠いのですか。ちょっとそれを見せてくださいませんか。私はこういうものです。」と、紳士は、名刺を取り出して・・・ 小川未明 「銀河の下の町」
・・・ 院長は、きたときいては、捨ててもおけなかったのでした。どんな身分の患者であって、またどこが悪いのか、それを知りたいという職業意識も起こって、「いま、ゆくから。」と、静かに、答えて、苦い顔つきをしながら、居間を出ました。 控え室・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・「おっちゃん、うちも中イ入れて」 と、寄って来た。「よっしゃ、はいりイ。寒いのンか。さア、はいりイ」「おおけに、ああ、温いわ。――おっちゃん、うちおなかペコペコや」「おっさんもペコペコや。パン食べよか」「おっちゃん、・・・ 織田作之助 「昨日・今日・明日」
・・・おおけに、済んまへん。おおけに」 ペコペコ頭を下げながら、飛び込むようにはいり、手をこすっていた。ほっとしたような顔だった。たぶん入れて貰えないと思ったのであろう。もっともそれだけの不義理を私にしていたのだった。 横堀がはじめ私を訪・・・ 織田作之助 「世相」
・・・お祖母さんは、いつでも兄達が捨てておけというのに、姉が留守だったりすると、勝子などを抱きたがった。その時も姉は外出していた。 はあ、出て行ったな。と寝床の中で思っていると、しばらくして変な声がしたので、あっと思ったまま、ひかれるように大・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・助けてくれるのはいつも仲間のうちだ、てめえもこの若者は仲間だ、助けておけ。」 弁公は口をもごもごしながら親父の耳に口を寄せて、「でも文公は長くないよ。」 親父は急に箸を立てて、にらみつけて、「だから、なお助けるのだ。」 ・・・ 国木田独歩 「窮死」
・・・準備さえ水桶の中に致しておけば、容易に至難の作品でも現わすことが出来る。もとより同人の同作、いつわり、贋物を現わすということでは無い。」と低い声で細々と教えてくれた。若崎は唖然として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行わ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・そうしておけば、小鳥が来て食べます。これはお母さんからおそわったことでした。 男の子はふたたびどんどん歩きました。そして、ようやくのことで、たかい、まっ青な、いつも見る岡の下へつきました。男の子はその岡を上っていきますと、れいのお家があ・・・ 鈴木三重吉 「岡の家」
・・・「ところで」とお巡りは少し声をひくめ、「お慶がいつもあなたのお噂をしています」「おけい?」すぐには呑みこめなかった。「お慶ですよ。お忘れでしょう。お宅の女中をしていた――」 思い出した。ああ、と思わずうめいて、私は玄関の式台・・・ 太宰治 「黄金風景」
・・・ 夏目先生から自分はかつて一度もその幼時におけるS先生との交渉について聞いた覚えがなかったので、この手紙の内容が全く天から落ちたものででもあるように意外に思われた。そうして何となくこれは本当かしらという気がするのであった。しかしS先生が・・・ 寺田寅彦 「埋もれた漱石伝記資料」
出典:青空文庫