・・・ 後に深野屋へ聞えた所に依ると、亀蔵は正月二十四日に、熊野仁郷村にいるははかたの小父林助の家に来て、置いてくれと頼んだが、林助は貧乏していて、人を置くことが出来ぬと云って、勧めて父定右衛門が許へ遣った。知人にたよろうとし、それがかなわぬ・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・沈着で口数をきかぬ、筋骨逞しい叔父を見たばかりで、姉も弟も安堵の思をしたのである。「まだこっちではお許は出んかい」と、九郎右衛門は宇平に問うた。「はい。まだなんの御沙汰もございません。お役人方に伺いましたが、多分忌中だから御沙汰がな・・・ 森鴎外 「護持院原の敵討」
・・・と云うのは、秋三の祖父が、血統の不浄な貧しい勘次の父の請いを拒絶した所、勘次の母は自ら応じてその家へ走ったことから始まった。祖父の死後秋三の父は莫大な家産を蕩尽して出奔した。それに引き換え、勘次の父は村会を圧する程隆盛になって来た。そこで勘・・・ 横光利一 「南北」
・・・それを云うと、栖方は、「あれは小父の家です。」 と云って、またぱッと笑った。茶を煎れて来た梶の妻は、栖方の小父の松屋の話が出てからは忽ち二人は特別に親しくなった。その地方の細かい双方の話題が暫く高田と梶とを捨てて賑やかになっていくう・・・ 横光利一 「微笑」
・・・ 夢の解答 私は今年初めて伯父に逢った。伯父は七十である。どう云う話のことからか話が夢のことに落ちて行った。そのとき伯父は七十の年でこう云った。「夢と云うものは気にするものではない。長い間夢も見て来たが皆出鱈目だ。・・・ 横光利一 「夢もろもろ」
・・・ こんな優しい声で小父がいうと、けちんぼだといわれている伯母が拾銭丸をひねった紙包を私の手に握らせた。ここには大きな二人の姉弟があったが、この二人も私を誰よりも愛してくれた。 三番目の伯母は、私たちが東京から来たとき厄介になった伯母・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・そしてその村からの帰りに道路の水溜りのいびつに歪んでいる上を、ぽいッと跳び越した瞬間の、その村の明るい春泥の色を、私は祖父の大きな肩の傾きと一緒に今も覚えている。祖父の死んだこの家は、私の母や伯母の生れた家で、母の妹が養子をとっていたもので・・・ 横光利一 「洋灯」
・・・ただ首なき母親に哺育せられた憐れな太子と、その父と伯父とのみが熊野権現になるのである。しかるに同じ『熊野の本地』の異本のなかには、さらに女主人公自身を権現とするものがある。そのためには女主人公が首を切られただけに留めておくわけに行かない。首・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・王子はその首の骨を取り返すために宮廷に行き、祖父の王の千人の妃の首を切って母妃の仇を討ったのち、母妃の首の骨を見つけ出して来た。それによって美しい妃の蘇りが成功する。この蘇った妃と、その首なきむくろに哺まれた王子と、父の王と、それが厳島の神・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
・・・ 彼女の祖父はヴェネチアで評判の役者だった。そのころは幕がおりてから、役者が幕外へ明晩の芸題の披露に出る習慣であったが、祖父はこの披露をしたあとでしばしば自分の身の上話やおのろけや愚痴などを見物に聞かせた。見物はそれを喜んで聞くほどに彼・・・ 和辻哲郎 「エレオノラ・デュウゼ」
出典:青空文庫