・・・「おとなはそこらに居なかったの。」わたしはふと思い付いてそうたずねました。「おとなはすこしもそこらあたりに居なかった。なぜならペムペルとネリの兄妹の二人はたった二人だけずいぶん愉快にくらしてたから。 けれどほんとうにかあいそうだ・・・ 宮沢賢治 「黄いろのトマト」
・・・これまでは、ソヴェト同盟でも、青年少年の男女労働者のとる賃銀は大人より幾分低かった。日本やアメリカなどの若い労働者のように、半額などということはないが、それでもいくらかやすかったのを、今度は、六時間労働でも、大人なみ八時間労働とまったく同じ・・・ 宮本百合子 「明るい工場」
・・・ これは現代の中学生の生活の内容が、おとなとまじって、たいへん複雑になって来ている証拠です。十一府県の部分的な調査でさえ、中学生たちの中「働きつつ学ぶもの」が四一五二人、「長期欠席」は六〇一〇人でした。東京の朝の街に四時ごろから納豆をう・・・ 宮本百合子 「親子いっしょに」
・・・最高検では、青少年の反社会的行為が、おとなのえらい人たちの行為にあらわれている社会的良心の麻痺と責任感の欠如をどう反映しているか、については考慮を払っていないようだ。少年法を二十歳まで適用しては、罰が軽くなりすぎるとばかり心配している。・・・ 宮本百合子 「修身」
・・・夫な子を持った親は知らないよろこびに涙ぐむように、日本の善良な人民のこころは、今になって、どうやらわれわれと大してちがったものでもなく生きるようになった方々、に、身分が高いだけ気の毒な、として世なれたおとなの親しみをおぼえて来ているのである・・・ 宮本百合子 「戦争はわたしたちからすべてを奪う」
・・・謙吉さんという人は若くてアメリカへゆき、財産をこしらえて帰ったが、その頃は発狂して、養生していた。おとなしい気違いで、障子に指をつっこんで穴をこしらえ、一日じゅうそこから外を見て暮している、という話が子供心に印象された。この謙吉さんという人・・・ 宮本百合子 「田端の汽車そのほか」
・・・ 野路をあゆめば都恋しやらちもなく風情もなくてはゞびろに 横たはれるも村道なれば三春富士紅色に暮れ行けば 裾の村々紫に浮く昼も夜も風の音のみ我心を おとなひてあれば只うるみ勝帰りた・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・「それは大人になったからだ。男と云うものは、奥さんのように口から出任せに物を言ってはいけないのだ。」「まあ。」奥さんは目をみはった。四十代が半分過ぎているのに、まだぱっちりした、可哀らしい目をしている女である。「おこってはいけな・・・ 森鴎外 「かのように」
・・・と言って、いちはおとなしく立ち留まって振り返った。「どこへゆくのだ。さっき帰れと言ったじゃないか。」「そうおっしゃいましたが、わたくしどもはお願いを聞いていただくまでは、どうしても帰らないつもりでございます。」「ふん。しぶといや・・・ 森鴎外 「最後の一句」
・・・ どうでも良いことばかり雲集している世の中で、これだけはと思う一点を、射し動かして進行している鋭い頭脳の前で、大人たちの営営とした間抜けた無駄骨折りが、山のように梶には見えた。「いっぺん工場を見に来てください。御案内しますから。面白・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫