――この涙の谷に呻き泣きて、御身に願いをかけ奉る。……御身の憐みの御眼をわれらに廻らせ給え。……深く御柔軟、深く御哀憐、すぐれて甘くまします「びるぜん、さんたまりや」様――――和訳「けれんど」――「ど・・・ 芥川竜之介 「黒衣聖母」
・・・……さても三人一つ島に流されけるに、……などや御身一人残り止まり給うらんと、……都には草のゆかりも枯れはてて、……当時は奈良の伯母御前の御許に侍り。……おろそかなるべき事にはあらねど、かすかなる住居推し量り給え。……さてもこの三とせまで、い・・・ 芥川竜之介 「俊寛」
・・・ そのほか、八月十四日の昼には、天文に通じている家来の才木茂右衛門と云う男が目付へ来て、「明十五日は、殿の御身に大変があるかも知れませぬ。昨夜天文を見ますと、将星が落ちそうになって居ります。どうか御慎み第一に、御他出なぞなさいませんよう・・・ 芥川竜之介 「忠義」
・・・白き鞭をもって示して曰く、変更の議罷成らぬ、御身等、我が処女を何と思う、海老茶ではないのだと。 木像、神あるなり。神なけれども霊あって来り憑る。山深く、里幽に、堂宇廃頽して、いよいよ活けるがごとくしかるなり。明治四十四年六月・・・ 泉鏡花 「一景話題」
・・・さすが高位の御身とて、威厳あたりを払うにぞ、満堂斉しく声を呑み、高き咳をも漏らさずして、寂然たりしその瞬間、先刻よりちとの身動きだもせで、死灰のごとく、見えたる高峰、軽く見を起こして椅子を離れ、「看護婦、メスを」「ええ」と看護婦の一・・・ 泉鏡花 「外科室」
・・・ とばかりで飛出す訳じゃアあるんだけれど、何しろねえ、御身分が御身分だから、実は大きな声を出すことも出来ないで、旦那様は、蒼くなっていらっしゃるんだわ。 今朝のこッたね、不断一八に茶の湯のお合手にいらっしゃった、山のお前様、尼様の、清心・・・ 泉鏡花 「清心庵」
・・・お通に申残し参らせ候、御身と近藤重隆殿とは許婚に有之候然るに御身は殊の外彼の人を忌嫌い候様子、拙者の眼に相見え候えば、女ながらも其由のいい聞け難くて、臨終の際まで黙し候さ候えども、一旦親戚の儀を約束いたし候えば、義理堅かりし・・・ 泉鏡花 「琵琶伝」
・・・どんな御身分の方が、お慰みに、お飯事をなさるんでも、それでは御不自由、これを持って行って差上げな、とそう言いましてね。(言いつつ、古手拭を解いま研いだのを持って来ました。よく切れます……お使いなさいまし、お間に合せに。……(無遠慮に庖丁を目・・・ 泉鏡花 「錦染滝白糸」
・・・村の人一 ええ、まあ、御身たちゃあ何をしとるだ。村の人二 大師様のおつかい姫だ思うで、わざと遠く離れてるだに。村の人三 うしろから拝んで歩行くだに――いたずらをしてはなんねえ。村の人四五六 来うよ来うよ。(こんどは稚児を・・・ 泉鏡花 「山吹」
・・・ われ二郎に向かいて、御身は宝丹持ちたもうならずやと問えば、二郎、打ち惑いたるさまにてわずかに、しかりと答う。かの君の肝太きことよ、直ちに二郎に向かって、少し賜わずやと求めたもう。貴嬢がこの時の狼狽のさまこそおかしけれ、君よさまでには候・・・ 国木田独歩 「おとずれ」
出典:青空文庫