・・・何千という錘が絶え間なく廻っている。そこに十四五から、七八くらいの娘さんが一人か二人で働いている。平均一日五里以上を歩く。そこに働いている若い少女労働者は、殆んどみんな国民学校を出ただけの娘さんである。紡績業は明治の初め日本の資本主義発展の・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 並木道がすっかり黄色くなり、深く重りあった黄色い秋の木の葉のむこうに、それより更に黄色く塗られたロシア風の建物の前面が見える。よく驟雨が降った。並木道には水たまりが出来る。すぐあがった雨のあとは爽やかな青空だ。落葉のふきよせた水たまり・・・ 宮本百合子 「「鎌と鎚」工場の文学研究会」
・・・急な設備がいるとなると、これまた組がやることになる。重り重った借金を会社は株で払うしか方法がなかったので、昨今の景気は或る組を相当な株主にしてしまった。仕事があっても、これでは儲けが皆組へ行ってしまって、会社は益々貧血するので、あるところに・・・ 宮本百合子 「くちなし」
・・・ 空には月があり、ゆっくり歩いていると肩のあたりがしっとり重り、薄ら寒い晩であった。彼等は帰るなり火鉢に手をかざしていると、「どうでござりました」 女将さんが煎茶道具をもって登って来た。「ようようお見やしたか」「顔違・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・その女の同志はハッとして何かを口へ入れてしまったと見ると、彼等は一時に折り重り、殴る蹴る。間に、一人がステッキを口へ突込んで吐かせようと、我武者羅にこじ廻したのだそうだ。「今市電が立ちかけてるのよ、残念だわ」 留置場の入口が開く毎に・・・ 宮本百合子 「刻々」
・・・その上すべての繰形に金が塗ってあるからけばけばしい、重いバルコニーの迫持の間にあって、重り合った群集の顔は暗紅色の前に蒼ざめ、奥へひっこみ、ドミエ風に暗い。数千のこのような見物に向って、オペラ用の大舞台がそろそろと巨大な幕をひらき、芸術座の・・・ 宮本百合子 「シナーニ書店のベンチ」
・・・友達のこまかい親切の一部がそうやって途中でつかえたことを感じ私は暫く黙って布団のつみ重りの前に立っていたが、ふと或ることを思いつき、家族の写真なんかも同じですかしらと訊いた。ええ。写真は皆手続が一つです。私はありがとうと云って、再び板壁につ・・・ 宮本百合子 「写真」
・・・そして懐中から一枚の書き物を出して、それを前にひろげて、小石を重りにして置いた。誰やらの邸で歌の会のあったとき見覚えた通りに半紙を横に二つに折って、「家老衆はとまれとまれと仰せあれどとめてとまらぬこの五助哉」と、常の詠草のように書いてある。・・・ 森鴎外 「阿部一族」
・・・車前草おい重りたる細径を下りゆきて、土橋ある処に至る。これ魚栖めりという流なり。苔を被ぶりたる大石乱立したる間を、水は潜りぬけて流れおつ。足いと長き蜘蛛、ぬれたる巌の間をわたれり、日暮るる頃まで岩に腰かけて休い、携えたりし文など読む。夕餉の・・・ 森鴎外 「みちの記」
・・・ そういいながら吉は釣瓶の尻の重りに縛り付けられた欅の丸太を取りはずして、その代わり石を縛り付けた。 暫くして吉は、その丸太を三、四寸も厚味のある幅広い長方形のものにしてから、それと一緒に鉛筆と剃刀とを持って屋根裏へ昇っていった。・・・ 横光利一 「笑われた子」
出典:青空文庫