・・・そこへ内務省と大きく白ペンキでマークしたトラックが一台道を塞いで止まってその上に一杯に積んだ岩塊を三、四人の人夫が下ろしていた。それがすむまでわれわれの車は待たなければならないので車から下りて煙草を吸いつけながらその辺に転がっている岩塊を検・・・ 寺田寅彦 「雨の上高地」
・・・その内の一つを取り下ろして値段をきいてみると六円だという。骨董品というほどでなくても、三越等の陳列棚で見る新出来の品などから比較して考えてみても、六円というのはおそらく多くの蒐集者にとっては安いかもしれない。しかし私はなんだか自分などの手に・・・ 寺田寅彦 「ある日の経験」
・・・宿の二階から毎日見下ろして御なじみの蚕種検査の先生達は舳の方の炊事場の横へ陣どって大将らしき鬚の白いのが法帖様のものを広げて一行と話している。やっと出帆したのが十二時半頃。甲板はどうも風が寒い。艫の処を見ると定さんが旗竿へもたれて浜の方を見・・・ 寺田寅彦 「高知がえり」
・・・ 土堤下から畑のくろに沿うて善ニョムさんは、ヨロつく足を踏みしめ上ってくると、やがて麦畑の隅へ、ドサリと畚を下ろした。――ヤレ、ヤレ――「お、伸びた、伸びた」 善ニョムさんは、ハッ、ハッ息を切らしながら、天秤棒の上に腰を下ろすと・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・ 入った時、改って体が真直になるような感じでなく吻っと安らかになり、先ずぽっくりと腰を下ろして、呑気に雑談でも出来るようにありたく思います。 食堂との境は、左右に開く木扉で区切っても、単に大きい帳を用ってもよいでしょう。 此・・・ 宮本百合子 「書斎を中心にした家」
・・・ ○降誕祭には開いて居た教会の正面の扉に、錠が下ろしてある。 外壁に沿った裏通りに古本屋が露店を出し、空屋に店を出して居るところにモーランの夜開く、武郎の或女、ゾラの小説がさらしてあった。 ○壁の厚さの感じ。 五・・・ 宮本百合子 「一九二七年八月より」
・・・ 白い牝牛のわきに腰を下ろして乳をしぼって居る。 ふせたまつ毛は珍らしく長くソーッと富(かな乳房を揉んで前にある馬けつにそれをためた。 随分長い間たってもその男は仲間の誰とも口をきかなかった。 乳をしぼりあげると男は立ちあが・・・ 宮本百合子 「旅へ出て」
・・・秋三は山から下ろして来た椚の柴を、出逢う人々に自慢した。 そして、家に着くと、戸口の処に身体の衰えた男の乞食が、一人彼に背を見せて蹲んでいた。「今日は忙しいのでのう、また来やれ。」 彼が柴を担いだまま中へ這入ろうとすると、「・・・ 横光利一 「南北」
・・・ 彼は病室のドアーを開けると妻の傍へ腰を降ろした。大きく開かれた妻の眼は、深い水のように彼を見詰めたまま黙っていた。「もう直ぐ、だんだんお前も良くなるよ。」と彼はいった。 妻は、今はもう顔色に何の返事も浮べなかった。「お前は・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・技師の家で一泊した翌朝、梶は栖方と技師と高田と四人で丘を降りていったとき、海面に碇泊していた潜水艦に直撃を与える練習機を見降ろしながら、技師が、「僕のは幾ら作っても作っても、落される方だが、栖方のは落とす方だからな、僕らは敵いませんよ。・・・ 横光利一 「微笑」
出典:青空文庫