・・・貴重な生命を賭して海峡を泳いで見たり、沙漠を横ぎって見たりする馬鹿は、みんな意志を働かす意識の連続を得んがために他を犠牲に供するのであります。したがってこれを文芸的にあらわせばやはり文芸的にならんとは断言できません。いわんや国のためとか、道・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・津軽海峡、トラピスト、函館、五稜郭、えぞ富士、白樺、小樽、札幌の大学、麦酒会社、博物館、デンマーク人の農場、苫小牧、白老のアイヌ部落、室蘭、ああ僕は数えただけで胸が踊る。五時間目には菊池先生がうちへ宛てた手紙を渡して、またいろいろ話され・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・ ある季節になると、朝鮮海峡をわたって、美しい数万の蝶々が移動するときの話をきいた。翅の薄い、体の軟い弱い蝶々は幾万とかたまって空を覆って飛び、疲れると波の上にみんなで浮いて休み、また飛び立って旅をつづけ、よく統制がとれて殆ど落伍するも・・・ 宮本百合子 「結集」
・・・ ヨーロッパ人の云うところの soyuや食える木の端を米とともにいさぎよく――海峡の彼方へ置いて来た。 自分もこうして遂に些かながら、味覚郷愁を洩すことになった。 それにしてもラフカデオ・ハーンは、彼の幾多の随筆力のどこかに美味・・・ 宮本百合子 「一九二九年一月――二月」
・・・フランスの作家ジュール・ロマンを、海峡の彼方の国々イギリスやアメリカの、平和を愛し、国際正義を希うおとなしく善意ある心情の友としたのは、その「善意ある人々」であった。 第二次大戦の参加とともに、日本では明治以来の社会的後進性がすっかり露・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・月はこういう言葉を聴きいよいよ片眼のロンドン市の上へ高くのぼって、トラファルガア広場の立ち上ったところはまだ人間によって見られたことのない四頭の獅子とドーヴァ海峡の海のおもてを照らした。〔一九三〇年六月〕・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
出典:青空文庫