・・・正倉院の門戸を解放して民間篤志家の拝観を許されるようになったのもまた鴎外の尽力であった。この貴重な秘庫を民間奇特者に解放した一事だけでも鴎外のような学術的芸術的理解の深い官界の権勢者を失ったのは芸苑の恨事であった。 鴎外は早くから筆・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・は『雨蛙それ故、この皮肉を売物にしている男がドンナ手紙をくれたかと思って、急いで開封して見ると存外改たまった妙に取済ました文句で一向無味らなかった。が、その末にこの頃は談林発句とやらが流行するから自分も一つ作って見たといって、「月落烏啼霜満・・・ 内田魯庵 「斎藤緑雨」
・・・しかしこの場を立ち上がって、あの倒れている女学生の所へ行って見るとか、それを介抱して遣るとかいう事は、どうしてもして遣りたくない。女房はこの出来事に体を縛り付けられて、手足も動かされなくなっているように、冷淡な心持をして、時の立つのを待って・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・この不自由な、醜い、矛盾と焦燥と欠乏と腹立たしさの、現実の生活から、解放される日は、そのときであるような気がしたのです。「おれは、こんな形のない空想をいだいて、一生終わるのでないかしらん。いやそうでない。一度は、だれの身の上にもみるよう・・・ 小川未明 「希望」
・・・これ故に、今日以後、真の作家たらんとする者は、いずれよりも解放された新人でなければならない。特に、今日の資本主義に反抗して、芸術を本来の地位に帰す戦士でなければなりません。かゝる芸術の受難時代が、いつまでつゞくか分りませんが、考えようによっ・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・ その夜、老人は、最後にしんせつな介抱を受けながら死んでゆきました。すこしばかり前、かたわらにあった小さな荷物を指しながら、訴えるように、うなずいて見せたのでした。 夜明け方になって、ついに雨となったのであります。B医師は、老人が身・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・ これを思う時、婦人開放も、婦人参政も、すべての運動は独り女子のみに限ったことでないことを知るであろう。 婦人が、男子に対立して、反抗した時代もやがて去ろうとしている。そして、新理想に輝く、社会建設の道へ、強い、真理と正義心との握手・・・ 小川未明 「婦人の過去と将来の予期」
・・・サルトルは解放するが、救いを求めない。 いずれにしても、自然主義以来人間を描こうという努力が続けられながら、ついに美術工芸的心境小説に逃げ込んでしまった日本の文学には、「人間」は存在しなかったといっても過言でない以上、人間の可能性の追究・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・その他などに現れた先生の芸術云々――モグラモチのように真暗な地の底を掘りながら千辛万苦して生きて行かねばならぬ罪人の生活、牢獄の生活から私が今解放されて満足を与えられつつあるのは云々――私に生きて行かねばならぬ私であることを訓えてくださった・・・ 葛西善蔵 「死児を産む」
・・・ 石田はそのなかに一つの窓が、寝台を取り囲んで数人の人が立っている情景を解放しているのに眼が惹かれた。こんな晩に手術でもしているのだろうかと思った。しかしその人達はそれらしく動きまわる気配もなく依然として寝台のぐるりに凝立していた。・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫