・・・ 小鳥を飼い、舞踏を見るのがそんなに立派な生活なのか。刺す。そうも思った。大悪党だと思った。そのうちに、ふとあなたの私に対するネルリのような、ひねこびた熱い強烈な愛情をずっと奥底に感じた。ちがう。ちがうと首をふったが、その、冷く装うては・・・ 太宰治 「川端康成へ」
・・・なんにも言えず飼い馴らされた牝豹のように、そのままそっと、辞し去った。お庭の満開の桃の花が私を見送っていて、思わずふりかえったが、私は花を見て居るのではなかった。その満開の一枝に寒くぶらんとぶらさがっている縄きれを見つめていた。あの縄をポケ・・・ 太宰治 「狂言の神」
・・・あなたは、急にお口もお上手になって、私を一そう大事にして下さいましたが、私は自身が何だか飼い猫のように思われて、いつも困って居りました。私は、あなたを、この世で立身なさるおかたとは思わなかったのです。死ぬまで貧乏で、わがまま勝手な画ばかり描・・・ 太宰治 「きりぎりす」
・・・ 熊本君は、もう既に泣きべそを掻いて、「そんなに軽蔑しなくてもいいじゃないですか。僕だって、君の力になってやろうと思っているのですよ。」 私は、熊本君のその懸命の様子を、可愛く思った。「そうだ、そうだ。熊本君は、このとおり僕・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・○誰か殺して呉れ。○以後、洋服は月賦のこと。断行せよ。○本気になれぬ。○ゆうべ、うらない看てもらった。長生する由。子供がたくさん出来る由。○飼いごろし。○モオツアルト。Mozart.○人のためになって死にたい。・・・ 太宰治 「古典風」
・・・ やっと咲かせた花一輪ひとりじめは ひどいどれどれわしに貸してごらんやっぱりじいさんひとりじめの机の上いいんだよさきを歩く人は白いひげの 羊飼いのじいさんにきまっているのだ・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・それはポルジイにも分かっているから、我ながら腑甲斐なく思う。しかし平生克己ということをしたことのない男だから、またしては怒に任せて喧嘩をする。 ある日ドリスが失踪した。暇乞もせずに、こっそりいなくなった。焼餅喧嘩に懲りたのである。ポルジ・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・頼みに思った極右党はやはり頼み甲斐のない男であった。さてこれからどうしよう。なんだっておれはロシアを出て来たのだろう。今さら後悔しても駄目である。幸にも国にはまだ憲法が無い。その代りには、どこへ行って見ても、穴くらい幾らでもある。溝も幾らも・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ただレニンの仕事はどこまでが成効であるか失敗であるか、おそらくはこれは誰にもよく分らないだろうが、アインシュタインの仕事は少なくも大部分たしかに成効である。これについては世界中の信用のある学者の最大多数が裏書をしている。仕事が科学上の事であ・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・こう云う不思議な店へこんな物を買いに来る人があるかと怪しんだが、実際そう云う御客は一度も見た事がなかった。それにもかかわらず店はいつでも飾られていてビール罎の花の枯れている事はなかった。 誰れにも訳のわからぬこの店には、心の知られぬ熊さ・・・ 寺田寅彦 「嵐」
出典:青空文庫