・・・ 職人体の男は、返す言葉がなく、あちらにいってしまいました。 まもなく、五、六人連れの乱暴者がやってきました。そして、いきなり、汚らしいふうをした哀れな子供をなぐりつけました。「おまえだろう、口笛を吹いて、夜中に、黒い鳥を呼んだ・・・ 小川未明 「あほう鳥の鳴く日」
・・・もう欲しくないから、昨日、もらったのをも返すよ。」と返したのであります。 すると、空色の着物を着た子供は不審そうな顔つきをして、「なんで、君のお父さんや、お母さんはしかったんだい。」とききますと、正雄さんは、「人から、こんなもの・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・「いま時分、お父さんを帰すのは、心配でなりませんが。」と、息子は、案じながらいいました。 すると、おじいさんは、からからと笑いました。「俺は、おまえよりも年をとっている。それに、智慧もある。まちがいのあるようなことはないから、安・・・ 小川未明 「おおかみをだましたおじいさん」
・・・特に、今日の資本主義に反抗して、芸術を本来の地位に帰す戦士でなければなりません。かゝる芸術の受難時代が、いつまでつゞくか分りませんが、考えようによって、アムビシャスな作家には、興味ある時代であります。・・・ 小川未明 「作家としての問題」
・・・このばかな女でもなければ、一目見て追い帰すにちがいない。いったい、医者というものをなんと心得「おじいさん、せっかくだが、私は、これから急病人の迎えを受けているので、出かけなければならないのだ。だからすぐみてあげることができない。どうか、・・・ 小川未明 「三月の空の下」
・・・と言い返すと、いやそれもあるがと、注がれたビールを一息に飲んで、「――それよりもそんな話ばかし書いているから、いつまでたっても若さがないと言われるんだね」そう言い乍ら突き上げたパナマ帽子のように、簡単に私の痛い所を突いて来た。「いや・・・ 織田作之助 「世相」
・・・自分ひとりなら、無理も云えるのだが、といって、娘を追い返すわけにもいかない。 宿なしの悲しさが、土砂降りの雨のように小沢の心に降り注いで来た。「困ったなア……」 小沢は眉毛まで情けなく濡れ下りながら、呟いた。 長い間、雨の中・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・「いったい君は、今度の金を返す意志なのか、意志でないのか、はっきりと言ってみたまえ」彼はこういった調子で、追求してくるのだ。「そりゃ返す意志だよ。だから……」「だから……どうしたと言うんかね? 君はその意志を、ちっとも表明するだ・・・ 葛西善蔵 「遁走」
・・・めさめし時は秋の日西に傾きて丘の紅葉火のごとくかがやき、松の梢を吹くともなく吹く風の調べは遠き島根に寄せては返す波の音にも似たり。その静けさ。童は再び夢心地せり。童はいつしか雲のことを忘れはてたり。この後、童も憂き事しげき世の人となりつ、さ・・・ 国木田独歩 「詩想」
・・・でもね、日曜は兵が遊びに来るし、それに矢張上に立てば酒位飲まして返すからね自然と私共も忙がしくなる勘定サ。軍人はどうしても景気が可いね」「そうですかね」と自分は気の無い挨拶をしたので、母は愈々気色ばみ。「だってそうじゃないかお前、今・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
出典:青空文庫