・・・ 石の左右に、この松並木の中にも、形の丈の最も勝れた松が二株あって、海に寄ったのは亭々として雲を凌ぎ、町へ寄ったは拮蟠して、枝を低く、彼処に湧出づる清水に翳す。…… そこに、青き苔の滑かなる、石囲の掘抜を噴出づる水は、音に聞えて、氷・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・(みずから天幕の中より、燭したる蝋燭を取出だし、野中に黒く立ちて、高く手に翳す。一の烏、三の烏は、二の烏の裾に踞薄の彼方、舞台深く、天幕の奥斜めに、男女の姿立顕る。一は少紳士、一は貴夫人、容姿美しく輝くばかり。二の烏 恋も風・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・貴女、時を計って、その鸚鵡の釵を抜いて、山の其方に向って翳すを合図に、雲は竜のごとく湧いて出よう。――なおその上に、可いか、名を挙げられい。……」――賢人の釣を垂れしは、厳陵瀬の河の水。月影ながらもる夏は、山田の筧の水と・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・水は薄黒く濁っていれど、藤さんの翳す袂の色を宿している。自分の姿は黒く写って、松の幹の影に切られる。「また浮きますよ」と藤さんがいう。指すところをじっと見守っていると、底の水苔を味噌汁のように煽てて、幽かな色の、小さな鮒子がむらむらと浮・・・ 鈴木三重吉 「千鳥」
・・・ 父は田崎が揃えて出す足駄をはき、車夫喜助の差翳す唐傘を取り、勝手口の外、井戸端の傍なる小屋を巡見にと出掛ける。「母さん。私も行きたい。」「風邪引くといけません。およしなさい。」 折から、裏門のくぐりを開けて、「どうも、わり・・・ 永井荷風 「狐」
・・・とウィリアムが高く盾を翳す。右に峙つ丸櫓の上より飛び来る矢が戞と夜叉の額を掠めてウィリアムの足の下へ落つる。この時崩れかかる人浪は忽ち二人の間を遮って、鉢金を蔽う白毛の靡きさえ、暫くの間に、旋る渦の中に捲き込まれて見えなくなる。戦は午を過ぐ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫