・・・田中英光の「オリムポスの果実」からはじめられて「少女」「地下室にて」を通り「野狐」その他に到った過程の検討を、民主的批評がとりあげることも必要であった。しかしそれはたいしてされないままであった。現代文学はいつの時代よりも創作態度が意識的にな・・・ 宮本百合子 「現代文学の広場」
・・・何処までも 繊細に 何処までも 鋭く而も大らかに 生命の光輝を保つことこそ人間は、芸術は甲斐ある 精神の果実だ。其処に 日が照り 香気がちり朽ちても 大地に種を落す命の ひきつぎて となり得るのだ。私・・・ 宮本百合子 「五月の空」
・・・ ――どっから果実砂糖煮の分が出ます?―― ――あなたんところでは今砂糖でも煙草でもみんな外国へ出して機械になるんだからね。オデッサの港には砂糖の山があるって。 ――ほらね! そうして「五ヵ年計画を四年で」やりとげるのさ。ここん・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・古い果樹の、熟しすぎた果実として、フランスの文化伝統たる個人中心の考えかたは現実に破れたのであった。 日本の場合、それは全く異っている。決して、たっぷりと開花し、芳香と花粉とを存分空中に振りまいて、実り過ぎて軟くなり、甘美すぎてヴィタミ・・・ 宮本百合子 「よもの眺め」
・・・今、彼はルイザを見ると、その若々しい肉体はジョゼフィヌに比べて、割られた果実のように新鮮に感じられた。だが、そのとき彼自身の年齢は最早四十一歳の坂にいた。彼は自身の頑癬を持った古々しい平民の肉体と、ルイザの若々しい十八の高貴なハプスブルグの・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・ 芝生の上では、日光浴をしている白い新鮮な患者たちが坂に成った果実のように累々として横たわっていた。 彼は患者たちの幻想の中を柔かく廊下へ来た。長い廊下に添った部屋部屋の窓から、絶望に光った一列の眼光が冷たく彼に迫って来た。 彼・・・ 横光利一 「花園の思想」
・・・ 実際私たちのような仕事を選んだ者は、ある一つの輝いた瞬間を捕えるために、果実のないむだな永い時間を費やすことがあります。そういう時に人が、そんなにノラクラしているくらいなら、と思うのも無理はないと思います。自分でさえそう感じる事が時に・・・ 和辻哲郎 「ある思想家の手紙」
・・・ 四十に近づいて急に美しい花を開き豊かな果実を結ぶ人がある。下に食い入る事に没頭していたからである。 私の知人にも理解のいい頭と、感激の強い心臓と、よく立つ筆とを持ちながら、まるで労作を発表しようとしない人がある。彼は今生きることの・・・ 和辻哲郎 「樹の根」
出典:青空文庫