・・・そしてドイツ自身も第一にチリ硝石の供給が断えて困るのを、空気の中の窒素を採って来てどしどし火薬を作り出したあざやかな手ぎわをも思い出した。 そして、どうしてもやはり、家庭でも国民でも「自分のうちの井戸」がなくては安心ができないという結論・・・ 寺田寅彦 「断水の日」
・・・その中の数隊は極北の島々にそれぞれの観測所を設けて地磁気や気象の観測をしたり、あるいは火薬の爆発によって人工地震波を作りそれを地震計で観測した結果から氷盤の厚さを測定したり、あるいはまた近ごろ学界の問題になっている宇宙線に連関して空気の電離・・・ 寺田寅彦 「北氷洋の氷の割れる音」
・・・伯母に貰った本で火薬の製法を知り、薬屋でその材料を求めて製造にかかっているところを見付かって没収された話もある。 一八五二年すなわち十歳のとき学校へ入るために Eton に行ったが、疱瘡に罹りまた百日咳に煩わされたりした。それで Wim・・・ 寺田寅彦 「レーリー卿(Lord Rayleigh)」
・・・田崎は万一逃げられると残念だから、穴の口元へ罠か其れでなくば火薬を仕掛けろ。ところが、鳶の清五郎が、組んで居た腕を解いて、傾げる首と共に、難題を持出した。「全体、狐ッて奴は、穴一つじゃねえ。きつと何処にか抜穴を付けとくって云うぜ。一方口・・・ 永井荷風 「狐」
・・・彼の受けた命令は、その玄武門に火薬を装置し、爆発の点火をすることだった。だが彼の作業を終った時に、重吉の勇気は百倍した。彼は大胆不敵になり、無謀にもただ一人、門を乗り越えて敵の大軍中に跳び降りた。 丁度その時、辮髪の支那兵たちは、物悲し・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ こんな訳であって、――どんな訳があろうとも、発破を抑えつけるなんて訳に行くものではない――岩鼻火薬製造所製の桜印ダイナマイト、大ダイ六本も詰め込んだ発破は、素晴らしい威力を発揮した。濡れ蓆位被せたって、そんなものは問題じゃなかった。・・・ 葉山嘉樹 「坑夫の子」
・・・ さてこの国の第一条の「火薬を使って鳥をとってはなりません、 毒もみをして魚をとってはなりません。」 というその毒もみというのは、何かと云いますと床屋のリチキはこう云う風に教えます。 山椒の皮を春の午の日の暗夜に剥いて土・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・なるたけ手をふれない様に、なるたけ光りものをよけいにひからさない様にと、火薬を抱えた様な気持で居た。逃げ様としてもにげられない因果だと二人は暗い気持になって一家の運命と云う言葉におびえて居た。この家をもう幾十年かの間つづかせると云う事はいく・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・ 或る休み日の朝、ロマーシの小屋の煖炉用薪に火薬をつめこんだ者があり、それが爆発して、あやうく下女を殺しかけた。窓ガラスが皆こわれた。通りを子供らが叫んで馳けまわった。「ホホールの家が火事だ! 焼けちまうぞ!」「奴等を村から追っ・・・ 宮本百合子 「マクシム・ゴーリキイの伝記」
・・・石田が偶に呑む葉巻を毛布にくるんで置くのは、火薬の保存法を応用しているのである。石田はこう云っている。己だって大将にでもなれば、烟草も毎日新しい箱を開けるのだ。今のうちは箱を開けてから一月も保存しなくてはならないのだから、工夫を要すると云っ・・・ 森鴎外 「鶏」
出典:青空文庫