・・・そうして峨眉山もどよむ程、からからと高く笑いながら、どこともなく消えてしまいました。勿論この時はもう無数の神兵も、吹き渡る夜風の音と一しょに、夢のように消え失せた後だったのです。 北斗の星は又寒そうに、一枚岩の上を照らし始めました。絶壁・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・石をふみ落すとからからという音がしばらくきこえて、やがてまたもとの静けさに返ってしまう。路が偃松の中へはいると、歩くたびに湿っぽい鈍い重い音ががさりがさりとする。ふいにギャアという声がした。おやと思うと案内者が「雷鳥です」と言った。形は見え・・・ 芥川竜之介 「槍が岳に登った記」
・・・ また顔を見合わせたが、今はその色も変らなかった。「おお、そうかい、夢なんですよ。」「恐かったな、恐かったな、坊や。」「恐かったね。」 からからと格子が開いて、「どうも、おそなわりました。」と勝手でいって、女中が帰る・・・ 泉鏡花 「女客」
・・・ と面くらった身のまわり、はだかった懐中から、ずり落ちそうな菓子袋を、その時縁へ差置くと、鉄砲玉が、からからから。「号外、号外ッ、」と慌しく這身で追掛けて平手で横ざまにポンと払くと、ころりとかえるのを、こっちからも一ツ払いて、くるり・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・赤地に白菊の半襟、緋鹿の子の腰巻、朱鷺色の扱帯をきりきりと巻いて、萌黄繻子と緋の板じめ縮緬を打合せの帯、結目を小さく、心を入れないで帯上は赤の菊五郎格子、帯留も赤と紫との打交ぜ、素足に小町下駄を穿いてからからと家を。 一体三味線屋で、家・・・ 泉鏡花 「葛飾砂子」
・・・何だ、仇花なりとも、美しく咲かしておけば可い事だ。からからからと笑わせるな。お互にここに何している。その虹の散るのを待って、やがて食おう、突こう、嘗みょう、しゃぶろうと、毎夜、毎夜、この間、……咽喉、嘴を、カチカチと噛鳴らいておるのでないか・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・ お澄が静にそう言うと、からからと釣を手繰って、露台の硝子戸に、青い幕を深く蔽うた。 閨の障子はまだ暗い。「何とも申しようがない。」 雪はどうとなって手を支いた。「私は懺悔をする、皆嘘だ。――画工は画工で、上野の美術展覧・・・ 泉鏡花 「鷭狩」
・・・一方はその鐘楼を高く乗せた丘の崖で、もう秋の末ながら雑樹が茂って、からからと乾いた葉の中から、昼の月も、鐘の星も映りそうだが、別に札を建てるほどの名所でもない。 居まわりの、板屋、藁屋の人たちが、大根も洗えば、菜も洗う。葱の枯葉を掻分け・・・ 泉鏡花 「夫人利生記」
・・・ すると、空色の着物を着た子供は、からからと笑って、「陸の上の人間はみょうだな……。」といいました。正雄さんは、不思議に思って、「え、君、陸の上って、君は、いったいどこからきたんだい。」「僕は、海の中に住んでいる人間だよ。」・・・ 小川未明 「海の少年」
・・・ すると、おじいさんは、からからと笑いました。「俺は、おまえよりも年をとっている。それに、智慧もある。まちがいのあるようなことはないから、安心をしているがいい。」といって、おじいさんは、小屋を出かけました。 道は、もう雪にうずも・・・ 小川未明 「おおかみをだましたおじいさん」
出典:青空文庫