・・・と呼ぶ三角洲を左にしながら、二時前後の湘江を走って行った。からりと晴れ上った五月の天気は両岸の風景を鮮かにしていた。僕等の右に連った長沙も白壁や瓦屋根の光っているだけにきのうほど憂鬱には見えなかった。まして柑類の木の茂った、石垣の長い三角洲・・・ 芥川竜之介 「湖南の扇」
・・・日も、懐中も、切詰めた都合があるから、三日めの朝、旅籠屋を出で立つと、途中から、からりとした上天気。 奥羽線の松島へ戻る途中、あの筋には妙に豆府屋が多い……と聞く。その油揚が陽炎を軒に立てて、豆府のような白い雲が蒼空に舞っていた。 ・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・ 電車の内はからりとして、水に沈んだ硝子函、車掌と運転手は雨にあたかも潜水夫の風情に見えて、束の間は塵も留めず、――外の人の混雑は、鯱に追われたような中に。―― 一帆は誰よりも後れて下りた。もう一人も残らないから、女も出たには違いな・・・ 泉鏡花 「妖術」
・・・格子戸外のその元気のいい声に、むっくり起きると、おっと来たりで、目は窪んでいる……額をさきへ、門口へ突出すと、顔色の青さをあぶられそうな、からりとした春爛な朝景色さ。お京さんは、結いたての銀杏返で、半襟の浅黄の冴えも、黒繻子の帯の艶も、霞を・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・ 午後は奈々子が一昼寝してからであった、雪子もお児もぶらんこに飽き、寝覚めた奈々子を連れて、表のほうにいるようすであったが、格子戸をからりあけてかけ上がりざまに三児はわれ勝ちと父に何か告げんとするのである。「お父さん金魚が死んだよ、・・・ 伊藤左千夫 「奈々子」
・・・五つの赤いそりが出発してから、三日めに、やっと空は、からりと明るく晴れました。 三人の行方や、それを救いに出た、五つの赤いそりの消息を気づかって、人々は、みんな海辺に集まりました。もとより海の上は、鏡のように凍って、珍しく出た日の光を受・・・ 小川未明 「黒い人と赤いそり」
・・・ 真昼の空はからりと晴れて、曇がなかった。日は紅く、河原や、温泉場を照らして山の木々の葉は、ひら/\と笑っていた。此の日、此の村の天川神社の祭礼で、小さな御輿が廻った。笛の音が冴えて、太鼓の音が聞えた。此方の三階から、遠く、溪の川原を越・・・ 小川未明 「渋温泉の秋」
・・・その日、産声が室に響くようなからりと晴れた小春日和だったが、翌日からしとしとと雨が降り続いた。六畳の部屋いっぱいにお襁褓を万国旗のように吊るした。 お君はしげしげと豹一のところへやってきた。火鉢の上でお襁褓を乾かしながら、二十歳で父とな・・・ 織田作之助 「雨」
・・・ と、呟いた咄嗟に、道子の心はからりと晴れた。「お姉さまがご自分の命と引きかえに貰って下すったあの卒業免状を、お国の役に立てることが出来るのだわ。そうだ、私は南方へ日本語を教えに行こう!」 道子はそう呟きながら、道子は、姉の死の・・・ 織田作之助 「旅への誘い」
・・・ そのあくる日は、からりと晴れたいいお天気でした。きのうの雨できれいにあらわれた往来にはもくもくと黄色い日かげがさしています。人々はあいかわらず急ぎ足で仕事に出ていきます。肉屋は、きょうは極上等の肉をどっさりつるして、お客をまっていまし・・・ 鈴木三重吉 「やどなし犬」
出典:青空文庫