・・・おれははっと思うと、がっかりしてその椅子に倒れ掛かった。ボオイが水を一ぱい持って来てくれた。 門番がこう云った。「いや、大した手数でございましたそうです。しかしまあ、万事無事に済みまして結構でございました。すぐに見付かればよろしいのでご・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・人にこだわりながら花見をして帰ると頭が疲れてがっかりしたものである。家族連れで出かけるとその上に家族にこだわるので疲れ方が一層はげしかった。それだのに、どうしたことか、近頃はそれほど人にこだわらないで花が見られるようになったらしい。これが全・・・ 寺田寅彦 「雑記帳より(2[#「2」はローマ数字、1-13-22])」
・・・ひどくがっかりして、しかし結局あきらめて辛抱して待って、さてもういいかと思って催促すると、今度は何とかがどうとかして何とかで工合が悪いからもう二、三日待てという、その何とかが実に尤千万な何とかで疑う余地などは鷹の睫毛ほどもないのだから全く納・・・ 寺田寅彦 「鷹を貰い損なった話」
・・・殊に唖々子はこの夜この事を敢てするに至るまでの良心の苦痛と、途中人目を憚りつつ背負って来たその労力とが、合せて僅弐円にしかならないと聞いては、がっかりするのも無理はない。口に啣えた巻煙草のパイレートに火をつけることも忘れていたが、良久あって・・・ 永井荷風 「梅雨晴」
・・・彼はウヨウヨしている子供のことや、又此寒さを目がけて産れる子供のことや、滅茶苦茶に産む嬶の事を考えると、全くがっかりしてしまった。「一円九十銭の日当の中から、日に、五十銭の米を二升食われて、九十銭で着たり、住んだり、箆棒奴! どうして飲・・・ 葉山嘉樹 「セメント樽の中の手紙」
・・・ みんなはがっかりして、てんでにすきな方へ向いて叫びました。「おらの粟知らないかあ。」「知らないぞお。」森は一ぺんにこたえました。「さがしに行くぞ。」とみんなは叫びました。「来お。」と森は一斉にこたえました。 みんな・・・ 宮沢賢治 「狼森と笊森、盗森」
・・・ 嘉助はがっかりして、黒い道をまた戻りはじめました。知らない草穂が静かにゆらぎ、少し強い風が来る時は、どこかで何かが合図をしてでもいるように、一面の草が、それ来たっとみなからだを伏せて避けました。 空が光ってキインキインと鳴っていま・・・ 宮沢賢治 「風の又三郎」
・・・「別に何ぞって―― お君は、がっかりした様な声で眼の隅から鈍くお金を見て返事をした。「とにかくそいじゃあそうして見るがいいさ、いくら彼んな人だって男一匹だもの、どうにかして行くだろうさ。 お君は、今先(ぐにも手紙・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・男もそのあとから入って後手に障子をしめながら片ひざはもう畳について居た。がっかりした様な男の様子を見てお龍はひやっこい声で、「とうとうかえってきたのねえ、あんたは、家出をして又舞いもどった恋猫の様な風をしてサ」と云って一寸男をこづい・・・ 宮本百合子 「お女郎蜘蛛」
・・・そこへがっかりして腰を下した。じっと坐って、遠慮して足を伸ばそうともしないでいる。なんでも自分の腰を据えた右にも左にも人が寝ているらしい。それに障るのが厭なのである。 暫く気を詰めて動かずにいると、額に汗が出て来る。が重くなって目が塞が・・・ 著:リルケライネル・マリア 訳:森鴎外 「白」
出典:青空文庫